2021年、シティポップの海外受容の実態 Spotifyのデータで見る | Kompass(コンパス) ミュージックガイドマガジン by Spotify&CINRA – CINRA

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テキスト・編集 by 山元翔一 イラスト:アボット奥谷
2020年12月、松原みき“真夜中のドア~stay with me”(1980年)がグローバルバイラル18日連続1位を獲得という、異例の事態を巻き起こしていたときのこと。
12月4日にSpotifyが発表した「海外で最も再生された日本のアーティストおよび楽曲ランキング」のなかに興味深い結果があった。『鬼滅の刃』や『NARUTO -ナルト-』をはじめ、『東京喰種トーキョーグール』『僕のヒーローアカデミア』といった超人気アニメへの起用楽曲が立ち並ぶなか、2018年にリリースされたcinnamons × evening cinema“summertime”というシティポップテイストの楽曲がランクインしていたのだ(註1)。
インディペンデントに活動するアーティストの楽曲が、長い時間をかけてその映像とともに海外のファンベースを築いてきたアニメソングと肩を並べて聴かれているのは、異例のことだ。Spotifyにおける“summertime”の再生回数は、現在3,500万回を超える(2021年7月時点)。
“summertime”がこのランキングに入ったことは、松原みき“真夜中のドア”のグローバルヒットと併せて「シティポップ的な楽曲が日本の外で聴かれている」という無視しがたい傾向を示している、と言っても過言ではないだろう。フューチャーファンクのミックス動画における日本のアニメ映像の流用、あるいは「Lo-Fi Beatsチャンネル」におけるアニメGIFも含めて(註2)、「そもそもシティポップは日本のアニメ文化との親和性が高いのではないか」という考え方に立ったとしても、だ。
では、何をもって「海外で聴かれている」とすることができるのか。
2010~2020年代のシティポップにまつわる前提を見つめ直し、シティポップブームの周辺に渦巻くナショナリズム的な欲望についても考えをめぐらせた記事に続き(記事はこちら)、本稿ではSpotifyのデータを通じてシティポップの海外受容(主にインドネシア、韓国、アメリカ)の実態に迫ることを試みた。
サンプルとしたのは、2021年時点における二大シティポップアンセム、竹内まりや“プラスティック・ラブ”と松原みき“真夜中のドア”の2曲。その聴取データなどを通じて、『シティ・ポップ 1973-2019』(2019年、ミュージックマガジン)の監修・松永良平、『シティポップとは何か』の編著者・柴崎祐二、Spotify Japanの芦澤紀子が、シティポップの海外受容の実態を覗き見た。
芦澤:日本でシティポップの名盤・名曲とされているものとSpotify上で海外リスナーに多く聴かれているものは、違う場合も多々あって面白いです。
印象的なベースラインがあったり、ループ構造を持っているグルーヴ感のある楽曲、あるいは気持ちのいいカッティングが入っている楽曲が明らかに好まれる傾向にあります。いわゆるキリンジ“エイリアンズ”的な、「日本におけるシティポップの名曲」という価値観とは違う方向で注目されている印象は強くありますね。

松永:各国によっての受け止め方の違いもあると思うんです。その傾向についてはどのようにご覧になっていますか?
芦澤:まず、シティポップの二大消費国はアメリカとインドネシアです。
シティポップに限らず、アメリカが上位にくるのは自明で、マーケットの大きさ、ユーザー人口の多さと層の厚さもそうですし、多様な音楽を聴いている人がいます。
一方、どの曲をとってもインドネシアが上位に出てくるのは面白いです。これは日本の文化やJ-POPカルチャーとの親和性が高い国であること、ユーザー自体が非常に若くてTikTokやYouTubeの影響も受けやすいこと、あとRainychの存在などもあってシティポップの名曲が身近にあることが大きいと考えられます(註3)。

柴崎:インドネシアは急激に数字が伸びてきたんでしょうか?
芦澤:インドネシアでのSpotifyローンチが日本の半年ほど前(2016年3月)で、マーケットとして成長率がそもそも激しいんです。そこはインドネシアは若者が多いということも関係しているのかもしれません(註4)。
柴崎:ということは、シティポップのみが異様に聴かれているわけではないと。
芦澤:そうですね。たとえばアニメ関連の楽曲でデータをとってもインドネシアは高いところに出てきます。

柴崎:インドネシアではRainychさんのようにシティポップ系楽曲を実際にカバーしてる人もいるし、日本でもファンの多いikkubaruのように、シティポップからの影響を公言してるバンドもいますよね。彼らの知名度は日本のほうが大きいようですが。
それとは別に、現地には1970年代後半からAORなどに影響を受けた「ポップ・クレアティフ」(註5)という音楽もあって、近年になって国内でもリバイバルしているようです。もしかすると、歴史的にメロウな音楽に対する親近感が受け継がれてきたというのもあるのかもしれないですね。

松永:そのメロウさへの傾倒は国ごとに歴史背景は違うとはいえ、フィリピン、マレーシア、台湾、香港あたりにも、通じる傾向でもありますよね。タイはかなり前からネオアコっぽい爽やかな曲が好まれていたし。
松永:韓国にSpotifyがローンチしたのって今年の2月でしたよね?
芦澤:そうです。
松永:まだ明確な動きとしてはSpotify上では数値化されてない状態だとは思うんですけど、「K-INDIE」といわれるものにはシティポップ的なサウンドの人が以前からかなり多かったんですよ。
傾向としては、アニメ / 漫画的なジャケットを使ったり、あとエレピの音やギターのカッティング、レコードの針音ではじまる曲もすごく多い。

松永:実際、韓国の若い子たちの間では古いレコード屋さんでシティポップとかのレコードを買うのがブームになってて(註6)、それを反映してか、デジタル配信の楽曲なのにレコードの針音を入れている。
実際に数字として現れるのはこれからなんでしょうけど、韓国の若い子たちはすごくストレートに影響を受けているんだろうなとは感じますよね。
芦澤:そう思います。今年の2月に、1970年代から2000年代までを10年区切りでコンパイルしたシティポップのプレイリストを立ち上げたんですけど、ローンチ以降数か月間のアクセス推移を見ると、韓国は上位に入ってきていました。特に1970年代を好んで聴いているみたいです。

芦澤:K-INDIEやK-POPも含め、いろんな韓国エディターによるプレイリストが公開されているんですけど、Spotifyのローンチ初日からシティポップのプレイリストはつくられています。
聴いてみると、K-POPアーティストの発表したシティポップ風の楽曲なども散りばめられていて非常によくできたプレイリストなんですよね。
松永:そうですね。すごくシティポップ度合いが高い曲が多くてびっくりしました。

芦澤:まだ全体的なユーザー数としてインドネシアのような規模感になっていないんですけど、シティポップと親和性が高い傾向はデータに出てきています。
柴崎:韓国は日本文化の流通が禁じられていた期間が長かったし、未だに日本語楽曲を電波に載せるのには実質的な制約がある状況なんですよね。
あるDJの方も言っていたんですが、だからこそ一部の若者たちの間で、「シティポップを聴くこと」がかえってサブカルチャー的な真正性をまとっている、と考えられるかもしれないなと。「本流」ではないゆえのパワーというか。
松永:そうですね。ぼくらが生まれる前の時代からあることですけど、日本人の「洋楽コンプレックス」と近い部分もあるんじゃないかって気もします。
ただ、韓国発のシティポップには表現上のてらいや屈折が少なく、いろんな意味でとても素直です。憧れもありながら、自分たちの好きな感覚を体現できるフォームとしてアウトプットを試みている。
あと、シティポップに限らず配信リリースの仕方が韓国は日本に比べても進んでいますよね。アルバムまで待たずに年に5~6曲くらい出すアーティストも多いです。1曲できたら新しいジャケットをつくってどんどんアップロードしていく。
現行のアーティストでシティポップ的な新曲のアウトプットがここ最近でいちばん多かった国は韓国だったと思っています。
芦澤:Night Tempoの存在もそうですけど、最近の韓国の音楽ファンはアイドルポップ的なものも含めてシティポップとして聴いている感覚がありますよね。

柴崎:韓国は、ここ最近の「ニュートロ」(ニュー・レトロのこと)ブームもあって、メジャーからもシティポップ的な楽曲がどんどん出てきてますよね。それと同時に、ここ10年くらいの韓国インディーシーンの熱量もすごい。
コロナ以前何度かソウルへ行ったときに強く思いましたが、クラブでもライブハウスでも、若い人がわーっと盛り上がっていて、それにノセられてお酒がめちゃ進む、みたいな。日本のライブハウスみたいに、後ろのほうで手を組んでシラーっと観てる、みたいなのがなかったのが印象的で(笑)。街自体もすごく元気。あくまで僕の観測範囲の話ですけどね。

松永:アメリカの場合、国が大きいし人口も多いから、総数としての規模感は大きいかもしれないですけど、実際にどこかの街で日本のシティポップでガンガンに盛り上がっている名物パーティーがある、みたいな話はあんまり聞かないんですよね。
コロナ禍以前の話になってしまいますけど、パーティーがあったとしても比較的小規模なものだったでしょうし、シティポップファンの多くはもっとインドアでベッドルーム的な感覚での受容が強かったと思います。
柴崎:なぜなんでしょうね。やっぱりヴェイパーウェイヴ的なナード感を受け継いでいるのか……。でも、昨今はセレブっぽいパーティーでもシティポップがかかっているっていう話も聞きますよね。オタク的なフェイズとは別に、徐々にライトな需要が分岐していっている感じもある。

松永:もちろんそういう需要の変化には、『Pacific Breeze』みたいなきちんと編集されたコンピレーションが、永井博さんによるアイコンとしてわかりやすいアートワークで出たことも大きいですよね。
ジャパニーズシティポップからの直接的な影響というわけではないけど、ジョン・メイヤーの新作『Sob Rock』のバリバリ80sなジャケやサウンドにも驚きました。あのアプローチが当時を知る世代へのノスタルジックな共感性というより、どちらかといえば若い世代のアンテナに向かっていることはとても現代的。ジョン・メイヤー自身も1977年生まれで、80年代後半にようやく思春期って世代ですしね。

芦澤:“プラスティック・ラブ”と“真夜中のドア”の上位の再生されている地域について、事前にご質問いただきましたが、こちらがそのランキング結果です(2021年7月時点)。
▼竹内まりや“プラスティック・ラブ”の再生数上位5か国
1位 アメリカ
2位 日本
3位 メキシコ
4位 インドネシア
5位 フィリピン
▼松原みき“真夜中のドア~stay with me”の再生数上位5か国
1位 アメリカ
2位 メキシコ
3位 インドネシア
4位 フィリピン
5位 ブラジル
柴崎:おお。たしかにインドネシアが上位にきている。メキシコが入っているのも興味深いですね! ぼくの好きなフューチャーファンクのプロデューサーに、マクロスMACROSS 82-99という人がいるんですが、そういえば、彼もメキシコ出身。

芦澤:アメリカ、メキシコ、あとどちらの曲でもカナダが6位につけているのですが、これらは北米大陸という括りで見ることもできるとは思います。続いて、アーティスト単位で括って竹内まりやさん、松原みきさんで見た結果がこちらです。
▼竹内まりやの楽曲再生数の上位5か国
1位 日本
2位 アメリカ
3位 インドネシア
4位 メキシコ
5位 フィリピン
▼松原みきの楽曲再生数の上位5か国
1位 アメリカ
2位 メキシコ
3位 インドネシア
4位 フィリピン
5位 ブラジル
柴崎:面白いですね。たしか、以前見せてもらったデータでは、楽曲単位での再生数はインドネシアが上位にきていて、逆にアーティスト単位だと、東南アジアの国は上位5位に入っていなかったですよね。
単曲での再生数が多かったというのは、やっぱりTikTokなどでのバズを経由しているからなんでしょうね。けど、7月の時点ではアーティスト括りでもインドネシアやフィリピンが上位に入ってきた。これは、その地域で単曲の再生がさらに伸びたゆえなのか、それとも、単曲を入り口にいわゆる「アルバム聴き」が促進されたのか、どっちなんでしょう?
芦澤:“プラスティック・ラブ”と“真夜中のドア”の再生数が突出しているのは変わらないのですが、他の楽曲のリスニングデータを見ると、アメリカに次いでインドネシア、フィリピンが上位に入っていることが多くなっているので、その積み重ねなのだと思います。
つまり、単曲を入り口に、そのアーティストの他の楽曲への興味が自然と広がっていったということだと思います。ストリーミングの特性でもありますが、アーティストページから、もしくはアルゴリズムによるおすすめプレイリストから、簡単に掘り下げていくことができるので。
松永:曲を入り口にアーティストやアルバムに興味を持っていくというのは、音楽への入り口として普遍的なものではありますからね。そういうふうに認知が進んでいる傾向は見て取れる気はします。オタクとまではいかなくても、単純に「他にもいい曲あるかもしれない」っていう興味で。
欧米や他の地域で気になるアーティストや曲を見つけたときに深掘りするのが基本姿勢として定着しつつあるのなら、いいことなんじゃないかとも思いますし、そこでガイダンスできるような多言語のテキストやデータも本格的に必要となってくるのではとも感じます。英語のテキストはずいぶん充実してきたとは思う。
芦澤:竹内まりやさんに関して大前提なんですけど、ソニーから出ていた初期の頃の“September”や“不思議なピーチパイ”などを含むカタログ(1978年から1981年にかけて発表された『BEGINNING』『UNIVERSITY STREET』『LOVE SONGS』『Miss M』『Portrait』)は日本でしか配信されてないんですよ。
ワーナーに移籍して以降の『Expressions』(2008年発表のベストアルバム)のワーナー楽曲と、今配信されているもう一枚のアルバム(2014年発表の『TRAD』)に関しては世界ライツがついているという状態です。

芦澤:だから海外リスナーは“プラスティック・ラブ”は『VARIETY』の楽曲としてではなく、『Expressions』の収録曲として聴いているという状況です。そのなかで海外では“プラスティック・ラブ”が突出して聴かれています。
ただ、まりやさんはシティポップ文脈ではないところでの日本のリスナーからの人気もすごいので、全体像として見ると「日本で聴かれている竹内まりや」という数字も加味されて、松原みきさんとは違う結果が出てくる。
柴崎:既存のファン層が分厚いし、その方たちもSpotifyでしっかり聴いてる?
芦澤:そうですね。往年のファンの方が“シングル・アゲイン”とか“純愛ラプソディ”“駅”を聴いてる数字も含まれていて、シティポップ軸だけではないデータになっています。
松原みきさんの場合はやっぱり突出して“真夜中のドア”が聴かれていて、そこに付随して、“愛はエネルギー”や“WASH(ウオッシュ)”など何曲かシティポップの流れで聴かれる曲も最近は上位に入ってきています。
とはいえ、“真夜中のドア”はいま6,500万再生を突破してる(2021年7月時点の数字)ので、圧倒的に強い。

芦澤:年齢で見ると、まりやさんの場合は18歳~22歳がいちばん多くて、ついで45歳以上の世代。ここの、いわゆるエルダー層は日本がかなり占めてるんじゃないかと推測します。
松原みきさんの場合は圧倒的に若く、22歳以下が半数を超えています(いずれも2021年7月時点)。
柴崎:これは全世界の数字ですか?
芦澤:はい、全世界です。逆に松原みきさんは45歳以上のリスナーはすごく少ないです。
松永:なるほど。海外中心に聴かれていることがデータ上でもはっきりしてるんですね。
芦澤:あと、松原みきさんのリスナーが併せて聴いているものはほとんどシティポップ軸で、大橋純子、杏里、杉山清貴&オメガトライブ、秋元薫、大貫妙子、濱田金吾といったアーティスト名が並びます。
柴崎:おお、まさに直球でシティポップ的。
芦澤:そうですね。あとそこにNight Tempo的な文脈でWinkも入ってくるみたいな感じです(笑)。

芦澤:まりやさんの場合はかなり違っていて、日本のリスナーの趣向を反映してか、今井美樹、オフコース、佐野元春、渡辺美里、DREAMS COME TRUE、徳永英明、ハイ・ファイ・セット、薬師丸ひろ子、中森明菜などといったラインナップになっています。
日本での消費が大きいという点では、大滝詠一さんも同様で、日本がいまのところ圧倒的に多いです。

柴崎:曲単位でいうと“君は天然色”が圧倒的?
芦澤:そうですね。
柴崎:やっぱり去年のアニメ『かくしごと』タイアップの影響が大きいんですかね。
松永:CMソングとしても毎年くらい頻繁に使われてますけど、最近でいえば『かくしごと』は大きかったでしょうね。
柴崎:ああいった例を突破口に大滝さんの音楽の魅力がもっと世界にも広がれば面白いですよね。

松永:シティポップではないんですけど、the pillowsって海外ですごく人気があるんですよ。
それは彼らが主題歌を提供したアニメ『フリクリ』がアメリカでも「Adult Swim」(アメリカのアニメ専門チャンネル「カートゥーン ネットワーク」の夜の放送枠)の枠にのったことで知られたって経緯があるんですね。
だから、“君は天然色”にも、そういう展開は起こりうるかも。いずれにせよ、サブスクリプションというプラットフォームに乗ったことで、思いがけない場所で予想もしなかった感じ方で認知されるという可能性は持てたと思います。

柴崎:そうですね。でも基本的に大滝さんの楽曲は、現在海外でウケているブギー的でダンサブルなものとは違うし、シティポップの文脈と離れて定着する可能性がありますよね。
『A LONG VACATION』(1981年)を海外の人がパッと聴いたときに、即座に「シティポップだ!」ってならなそうな気がする。
松永:『ロンバケ』のサウンドに対しては「ジャケのイメージと違う」と感じる反応がアジアやアメリカでも多いですよね。日本ではあのジャケとサウンドは完璧な相性と思われているのに。

松永:さっきも言いましたが、海外での永井さんのイラスト人気はすごいし、シティポップのアイコンとしても超強力。ビジュアルの印象から入る現代の海外リスナーにとって、大滝さんのオールディーズ的な音像はむしろジャケとの齟齬を生んじゃってるかも。日本とは受容のされ方が対照的だなと感じます。
アメリカ人に「こういう(『ロンバケ』的な)曲は自分の国もある」と言われたこともあります。1950年代や1960年代のオールディーズそのものを思い起こさせるし、そういう音楽がアメリカではいまもラジオでよく流れてるから素直にそう反応しただけなんでしょうけど。
一方、東南アジアではかつてドラマ『ラブジェネレーション』(1997年)が放映されていて、その主題歌“幸せな結末”と1990年代の東京の景色とを結びつけてシティポップ的に受け止めているリスナーもいると最近聞きました。入り口の違いで聴かれ方も変わりえるというのは、面白いですよね。

芦澤:毎年年末に、海外で聴かれた日本のアーティストの楽曲のランキングをとっていまして、トップテンのほとんどがアニメ関連か、アニメで使われた楽曲が占めています。
アニメという要素が非常に重要という傾向は前提として、2020年でいうと、トップテンのなかに“summertime”っていうcinnamonsとevening cinemaによる2018年の楽曲が入っているんです。
芦澤:この曲は東南アジアのTikTokで非常にバズったことからバイラルチャートに波及してベトナムやフィリピンのバイラルで上位に上り詰め、それが英語圏の国に波及し、2年越しに日本国外でいちばん聴かれた曲のトップテンに入ったんですね。この現象は面白いと思います。
evening cinemaはRainychの一連の楽曲をプロデュース、アレンジしていて、最近だと“RIDE ON TIME”を一緒にやった流れがありますし。

芦澤:2021年現在のシティポップの海外受容の傾向を整理すると、インドネシアではTikTokなどソーシャルとの強い結びつきや親和性のある楽曲がメインストリームで聴かれるようになってきている。それに対して北米は、もう少しマニアックに、いわゆるオタクが掘っているような文脈のものも含めて聴かれているのかもしれないです。
柴崎:こうやっていろいろ資料を見ながら考えてみると、YouTube経由の“プラスティック・ラブ”の人気と、TikTok経由の“真夜中のドア”のバズって、それが巻き起こった時期や広がり方からして、前者はミレニアル世代中心のナードな層が主導していたのに対し、後者はZ世代中心のもう少しライトな層が主導している、と理解できそうですね。
松永:それは言い得て妙ですね。
柴崎:もちろん混じり合っている部分もあると思いますが。
松永:「シティポップ」ってワードが海外へどういうふうに伝わっているのかが気になってよく海外の友達に聞くんです。つい10年くらい前までは「意味はわかるけど、文法的に間違ってるよ」と言われるケースもありました。いまはどれくらい浸透してるんでしょうね? データとしてわかるような目安ってありますか?
芦澤:プレイリスト数がどのくらいあるのかという質問を事前にいただきましたが、“真夜中のドア”のプレイリスト総数はオールタイムで検索すると230万もありまして(2021年7月時点)。
柴崎:うわ! それはすごい。
芦澤:Spotifyのエディトリアルチームが作成したものを含んではいるんですけど、ほとんどがユーザープレイリストですね。もちろん“プラスティック・ラブ”のプレイリストもたくさん作られてはいるんですが、230万があまりにも圧倒的すぎてびっくりしました。
松永:それぞれのプレイリストのタイトルで「シティポップ」と謳っているものが多いんでしょうか?
芦澤:多いですね。カバー画像もヤシの木のあるリゾート感のあるイラストであったり、Night Tempoのジャケにあるようなちょっとアニメっぽいものだったりとか、それぞれがリスナーのセンスでカバーとタイトルをつけている感じです。なぜか“真夜中のドア”は『anime tunes』ってプレイリストに入ってたり。

柴崎:面白いなあ。
松永:日本で「ソフトロック」って言葉がブームになった時期がありますけど、日本人が考えたソフトロックのアーティストや作品に対応する言葉が21世紀に入ったあたりですら英語圏にはなかったんです。いまだったら「サンシャインポップ」って言ったりして、それもかなり雑な括りではあるんですが(笑)。
とにかくアメリカで「ソフトロックを探してる」って言うと、BreadとかSeals & Croftsを勧められて、「違う違う、Harpers Bizarreとか、Free Designとか」って説明すると「それはサイケっぽいフォークだよね?」みたいな反応。だから「シティポップ」って言葉が定義もないのにスッと受け入れられたのは不思議だし面白いなと感じてます。
K-INDIEのアーティストたちもシティポップって言葉に対して率直ですよね。“SEOUL CITY POP”って曲もあるし。日本のぼくらが「シティポップとは何か?」って概念的に考える以前に彼らはその容器に勢いよく飛び込んでいた。

柴崎:リアルタイムの世代も含めて、日本のファンのあいだでは、「シティポップとは何ぞや?」って喧々諤々とやってきた歴史がありますよね。
渋谷系や2010年代のインディーポップのなかのそれらしきサウンドをシティポップに括るのはおかしいじゃないかとか、厳密に定義をすれば1980年代初頭にプロモーション上そうカテゴライズされていた山本達彦や稲垣潤一などを「シティポップ(ス)」と呼ぶべし! それ以外はダメ! みたいな。

柴崎:でも、シティポップっていう用語がどんどん拡張してきたからこそいまの広範なブームがあるんだろうし、ジャンル概念の拡散はある程度不可逆的なものとして受け入れざるをえないのかなと思ったりもします。
松永:拡大解釈が可能である、っていうね。過去には「ソフトロック」にしても「AOR」にしても日本の音楽リスナーは世界中のどこよりも拡大解釈をしながら海外の音楽を受容し、広範にリスニングしてきたはずなのに、「シティポップ」の解釈に対しては強めの抵抗感がむしろ日本側で出た。そこは興味深かったですね。
柴崎:「シティポップ」に厳密な定義があるようでない、けれども漠然としたイメージは共有されている。そういう曖昧さがそのまま輸出されていて、それが現在のシティポップブームを駆動するダイナミズムにつながっている部分もありますよね。
ジャンルを厳密に規定することで見えてくるものもあるし、学究的な方法論としてはシンパシーも感じるんですけど、ポピュラーミュージックである限り、ジャンル概念が拡張していくのは宿命ですから。大量のプレイリストでピックアップされている曲のバラエティを見ると、余計にそう思います。

柴崎:そういうことと関連してか、「はっぴいえんどのメンバーが解散後にこういう活動をして」みたいな系譜的な語りって、海外の一般的なシティポップファンからはほとんど関心を持ってもらえないな~、と感じます(笑)。
松永:はっぴいえんどの先駆性に関しては、『ロスト・イン・トランスレーション』(2003年、監督はソフィア・コッポラ。同作のあるシーンで“風をあつめて”が使われている)や細野さんのおかげでいまは以前より海外での理解が進んだと思います。
20年ほど前にアメリカのディーラーの家に行ったときは、「はっぴいえんどはファーストしか聴かない。ファズが入ってるから」と言われたし、それでもまだ興味があるほうの反応でしたから(笑)。

松永:ただ、細野さんや達郎さんワークスへの楽曲単位、アルバム単位での関心はあっても、たとえばティン・パン・アレーの仕事を追って聴くようなヒストリカルな掘り方はなかなか難しいかなと思います。
当時の日本での歌謡曲、ニューミュージック市場の巨大さとの関係性も理解しないといけないし。たとえば「アルファレコード」(註7)のリリースを軸にして、点と点を結びつけていくような学び方のほうがまだわかりやすいかな。
柴崎:昨今のブームを振り返ると、深化よりも浸透の速度のほうが圧倒的に早かったって感じですよね。自分みたいな音楽オタクの手から離れたからこそ、いまの状況があるんだなあ、と。そういう現状に対して「こんなの本来のシティポップとは違う!」と投げかけても、まあそれはそうなんだろうけど、ちょっと虚しい気もする(笑)。

芦澤:Spotifyがシティポップの年代別のプレイリストを2月にローンチしたのは、そういう状況も踏まえてだったんです。
もともと『City Pop: シティポップの今』という、現在進行形で活動しているアーティストがつくるシティポップ / ネオシティポップをまとめたプレイリストがあって、それが気づいてみたら、いつの間にかアメリカでいちばん聴かれているみたいなことが一時起きていたんですよ。
柴崎:へえ!

芦澤:そういったニーズと、世界的に巻き起こったシティポップのバズを反映させるために、あるときから「シティポップの今」と謳っていながら、1979年に発表された“真夜中のドア”もフィーチャーされている、みたいなおかしなことになってきたんですね。
であれば、1970年代くらいからシティポップはずっと地続きであることを時代感や系譜とともに提示できたら、ということで1970年代、1980年代、1990年代、2000年代とディケイドで区切ってプレイリストをつくったんです。そのコンパイルする作業をしながら、その時代ごとにいろんな状況がありながらも、結果的に現在とのつながりを再確認できたんですよね。

芦澤:それらのプレイリストを通じて、いまのこの状況はじつは突発的なものではない、ということを感じてくださるリスナーがいればいいなと思います。
柴崎:そうですよね。シティポップって、パッと聴きでも抜群に心躍らされる音楽ですけど、系譜を辿ってみるとさらに面白く感じられる音楽だと思います。各ミュージシャンやプロデューサーの特質を探ってみるのもいいし、人脈地図が見えてくるといろんな発見があったりして。ライトな目線、マニアックな目線、両輪の面白さがありますよね。
松永:日本の現行のシティポッププレイリストがアメリカでよく聴かれているのは意外ですよね。インディーアーティストや意欲的なリスナーたちが同時代人との共振を求めてる部分も大きいんですかね。
マック・デマルコやデヴェンドラ・バンハート、ジェリー・ペーパーみたいな、音楽的な面でのよき仲介者もいるし。つい最近のケースでは、シティポップの文脈ではないですけど、女性シンガーソングライターのフェイ・ウェブスターがmei eharaをストリーミングで見つけて交流が生まれ、楽曲にフィーチャリングしたという話題もありましたしね。

松永:一方で、韓国のリスナーは1970年代のプレイリストも好んで聴いてるというのも意外ではあります。1980年代サウンドの人気が高いという認識だったから。でも、1970年代への支持もなんとなくわかるところはあるんです。
K-INDIEって、バンドカルチャーともクロスしているから、インディー感のあるバンドサウンドでやるとなったら、1970年代シティポップのサウンドを参照するほうが演奏としての理には適ってる気がします。アマチュアリズムも残したバンドでやるシティポップの理想形としてシュガー・ベイブを捉え直すとか。
こういうふうにぼくが感じてしまうのは、Night Tempoさんに取材したときにシュガー・ベイブや山下達郎さんのソロの初期を指して「下北沢っぽい」と表現したことが強く残ってる、っていうのも影響してるかもしれないですけど。

柴崎:たしかに、その感覚は日本の2010年代以降のインディーポップ系のシティポップ=ネオシティポップにも通底しているものかもしれませんね。
逆に、DJであるNight Tempoさんは、ぼくとのインタビューのなかで「80年代以降のエレクトロニックなサウンドが好き」と言っていました。日本もそうですけど、バンド中心のインディーポップ的なシーンと、ネットから発生したシティポップリバイバルには少し嗜好の差がある気がします。
松永:そうなんですよね。でも、そこがクロスしてる面白さがある。台湾と日本の音楽の橋渡しをされている寺尾ブッタさんの話を先日トークイベントで聞いたときは、台湾ではすでにシティポップ的な流行はひと段落して、バンドサウンドはまた違う方向に向かってるという話でしたね。

柴崎:欧米に比べると、韓国や台湾など、アジアのインディーポップ系のミュージシャンたちは日本の「ポスト・ネオシティポップ」的な実践とも深く共振している印象があります。
日本との地理的な近さもあって、実際に日本のインディーバンドがアジアでライブを行ったり、その逆のパターンも頻繁にある。それも大きく関係していると思うのですが。
現在のシティポップブームって、「パッケージされたノスタルジー」として捉えることができる一方で、「生きた意匠」として現行の楽曲に取り入れられてきた、という意味では、「人間的」で、アクチュアルな広がりを持つものでもあると思うんです。
松永:うん。そういう意味では、その実践性が上がっていくことによって、ある時代のサウンドのフォーマットをひたすら踏襲するのではなくて、ボサノヴァやMPB(ムジカ・ポプラール・ブラジレイラ、ブラジルのポピュラーミュージックのこと)が世界言語として定着して現代の音楽には普通に存在するイディオムに変化していったように、シティポップもやがて「この曲が特別」というところから離れて、ある意味「特別じゃない、普通にあるもの」になっていくでしょうしね。
そこから先は、もっとバンドサウンドと融合してニューウェイブ、ポストパンク的なサウンドが主流になるのかもしれないし、世界的にコロナ後のパーティーがはじまったらダンスミュージックとしての享楽性がもっと引き出されていくのかもしれない。ムーブメントや流行がジャンルの定義を変えていくことってこれまでもたくさんあったし、シティポップも例外じゃないと思います。

柴崎:「80年代の玉手箱」としてのシティポップ観と、主にアジアや日本のインディーアーティストたちが「いま」の音楽として実践してきたもの、その2つのフェイズが同居し、ときに相剋している、という。
一方で、メジャーなJ-POPやオタクカルチャー、K-POPでもシティポップ的な意匠を盛り込むことは既定路線になりつつあるし、ネットを中心に、Z世代以降のリスナーもどんどん流入している。ブームの中心は既に次なるフィールドへ移った感もあります。
そう考えると、ヴェイパーウェイヴ的価値観に発する諧謔性のようなものはさらに後景へと退いて、「人とつながるコスモポリタンなメディア」としてのシティポップ像が、今後ますます顕在化していくかもしれませんね。「拡散と形骸化」という単純な流行サイクル論で捉えきれるものでもない。だから、このブームは、これから先更にまた別の展開をする可能性もありますよね。
▼註
1:Kompass「Spotifyが今年海外で最も聴かれた日本のアーティスト&楽曲ランキング発表」より(記事を開く
2:YouTubeのアルゴリズムがさまざまなユーザーにシティポップをレコメンドした背景として、『Pitchfork』は「lofi hip hop radio – beats to relax/study to」といったような「作業用BGM」として聴かれることを念頭に置いたスムースで落ち着いたトーンの音楽をエンドレスにループし続けるチャンネルの存在を指摘している(参照:Pitchfork「The Endless Life Cycle of Japanese City Pop」)
3:インドネシア・ジャカルタを事例に、アジア圏におけるシティポップの形成過程を論じた『「シティポップ」なきポップス― ジャカルタ都会派音楽の実像―』のなかで金悠進は、「特殊なのは日本産シティポップの海外への波及であって、むしろ日常的なのはその地域・土地に歴史的に根付いている過去の都会派ポップへの愛着、あるいは現代における再評価なのである」「アジア各国にそれぞれの『シティポップ』があり、そのローカルな文脈と縦の歴史系譜を内在的に理解して初めて『インター・アジア』の音楽研究が可能となるべきであろう」と述べている
4:インドネシアの平均年齢は29歳、現在人口は2億7,000万人を超える(参照:外務省「インドネシアの「今」-日本・インドネシア国交樹立60周年」)
5:ポップ・クレアティフとは、インドネシア語で「創造的ポップ」という意味の音楽ジャンル。前述の論文のなかで金悠進は、「都市中上層に支持されるお洒落で都会的なポップ」と定義している
6:韓国では『ソウルレコードフェア』というアナログレコード関連イベントが2011年より開催されており、初年度は2,000人ほどだった参加者は2018年に20,000人を突破したと発表されている。また、韓国内でのレトロブームの影響で、20~30代の若者の参加が増えているのだという(参照:HereNow「アナログ盤から見る韓国音楽シーン。『ソウルレコードフェア』レポート」)
7:1960年代末に音楽出版や原盤制作を中心とする会社として活動を始めた村井邦彦により、1977年に設立されたレコードレーベル。1980年代にYellow Magic Orchestraをヒットさせ、関連会社「アルファ・ムーン株式会社」より山下達郎、竹内まりやの作品をリリースしていたことなどで知られる(参照:『レコード・コレクターズ』2021年3月号 【特集】 アルファレコード)
編著者:柴崎祐二
価格:2,475円(税込・予価)
発行:河出書房新社

1968年、熊本県生まれ。大学時代よりレコード店に勤務し、大学卒業後、友人たちと立ち上げた音楽雑誌『リズム&ペンシル』がきっかけで執筆活動を開始。現在もレコード店勤務のかたわら、雑誌 / ウェブを中心に記事執筆、インタビュー、ライナーノーツ執筆などを行う。

1983年埼玉県生まれ。音楽ディレクター、評論家。編共著に『オブスキュア・シティポップ・ディスクガイド』、連載に「MUSIC GOES ON 最新音楽生活考」(『レコード・コレクターズ』)などがある。2021年9月に編著を務めた『シティポップとは何か』(河出書房)の刊行を控えている。

ソニーミュージックで洋楽・邦楽の制作やマーケティング、ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)で「PlayStation Music」の立ち上げに関わった後、2018年にSpotify Japan入社。
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