亀田誠治が語る、松本隆トリビュートという50年間のJ-POP大全 | Kompass(コンパス) ミュージックガイドマガジン by Spotify&CINRA – CINRA

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インタビュー・テキスト by 柴那典 撮影:丹野雄二 編集:タナカヒロシ、CINRA.NET編集部
松本隆の作詞活動50周年を記念したトリビュートアルバム『風街に連れてって!』が、7月14日にリリースされた。
はっぴいえんどのメンバーとして、またヒットチャートを彩る数々の名曲を手掛けた作詞家として、後の音楽シーンに大きな影響を与えた松本隆。トリビュートアルバムは、その名曲の数々をいまの時代に新たなかたちで蘇らせた一枚だ。
そのプロデュースを担ったのが、自身も松本隆を敬愛する音楽プロデューサーの亀田誠治。アルバムの制作にあたっては編曲やサウンドプロデュースだけでなく、選曲や参加アーティストの選定にも自ら携わり、B’zや宮本浩次、YOASOBIの幾田りらなどアーティストへの依頼も直々に行ったという。
「昭和から平成、令和にまたぐ50年間のJ-POP大全にしたかった」と亀田が語る本作は、どのようにして出来上がっていったのか? そこに込められた「時代を超える名曲」の持つ輝きとは――。
Spotifyでは、トリビュートアルバムのリリースにあわせて、亀田による楽曲解説コメントとトリビュートアルバム収録曲の音源、そしてそのオリジナル曲の音源を続けて聴くことのできるスペシャル企画『松本隆トリビュートを2倍楽しむプレイリスト』を展開している。そして、この記事では筆者が聞き役をつとめた約2時間にわたるインタビューからエッセンスを抽出したテキストとともに、配信ではアクセスしづらい詳細な演奏クレジットも含めた全曲解説をお送りする。
「ぼくのすべてがここに投入されています」と亀田が胸を張る全11曲の成り立ちをディープに掘り進めていきたい。
1964年生まれ。音楽プロデューサー・編曲家として数多くのヒット曲を生み出し、ベーシストとしても様々なアーティストのレコーディングやライブに参加。2004年には椎名林檎らと東京事変を結成。2005年からはBankBandのベーシストとして『ap bank fes』に参加。近年はJ-POPの魅力を解説するNHK Eテレの音楽教養番組『亀田音楽専門学校』シリーズへの出演や、親子孫3世代がジャンルを超えて音楽を体験できるフリーイベント『日比谷音楽祭』の実行委員長を務めるなど、さまざまなかたちで音楽の魅力を発信している。

柴那典(しば とものり)
1976年神奈川県生まれ。ライター、編集者。音楽ジャーナリスト。ロッキング・オン社を経て独立。雑誌、WEB、モバイルなど各方面にて編集とライティングを担当し、音楽やサブカルチャー分野を中心に幅広くインタビュー、記事執筆を手掛ける。著書に『ヒットの崩壊』(講談社)、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)がある。” src=”https://former-cdn.cinra.net/uploads/img/interview/202107-seijikameda-photo1_body.jpg” class=”zoom” />

亀田誠治(かめだ せいじ)
1964年生まれ。音楽プロデューサー・編曲家として数多くのヒット曲を生み出し、ベーシストとしても様々なアーティストのレコーディングやライブに参加。2004年には椎名林檎らと東京事変を結成。2005年からはBankBandのベーシストとして『ap bank fes』に参加。近年はJ-POPの魅力を解説するNHK Eテレの音楽教養番組『亀田音楽専門学校』シリーズへの出演や、親子孫3世代がジャンルを超えて音楽を体験できるフリーイベント『日比谷音楽祭』の実行委員長を務めるなど、さまざまなかたちで音楽の魅力を発信している。

柴那典(しば とものり)
1976年神奈川県生まれ。ライター、編集者。音楽ジャーナリスト。ロッキング・オン社を経て独立。雑誌、WEB、モバイルなど各方面にて編集とライティングを担当し、音楽やサブカルチャー分野を中心に幅広くインタビュー、記事執筆を手掛ける。著書に『ヒットの崩壊』(講談社)、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)がある。

“夏色のおもいで”は、チューリップによる1973年のヒット曲。はっぴいえんど解散後、松本隆が専業作詞家として最初に手掛けた一曲でもある。<きみをさらってゆく風になりたいな>という一節も印象的なこの曲は、いきものがかりの吉岡聖恵が歌っている。
亀田:松本隆さんの歌詞の世界には「風」という言葉がよく出てくる。いきものがかりの曲もそうなんです。「きみ」とか「風」とか、そういう言葉が出てくる。“夏色のおもいで”は50年前の曲なんだけど、いまのJ-POPのなかで松本隆さんが描き出したような景色を歌っているアーティストの代表選手はいきものがかりしかいないなと思いました。最初から聖恵ちゃんがこの歌を歌っている情景が目に浮かんでいました。
オリジナル曲を聴くと、当時のチューリップがThe Beatlesのソングライティングやアレンジに大きな影響を受けていたことがわかる。今回のアルバムに収録されたバージョンでも、原曲のコーラスアレンジを忠実に再現している。
亀田:この曲は、ボーカルディレクションに三宅彰さんが入ってくださったんです。三宅彰さんは宇多田ヒカルさんのプロデュースもなさった、いまのJ-POPのど真ん中をつくり上げてきた方で、その三宅さんがつぶさにチューリップのサウンドを分解して、研究して、この曲のコーラスアレンジに貢献してくださいました。スタジオでも、聖恵ちゃんと三宅さんと3人で、当時のチューリップやオフコースとかが生まれてきた時代の話を1時間ぐらいしたんですよ。新しい出会いが生まれたセッションでした。

じつはこのトリビュートアルバムは、本来10曲収録の予定だったという。その制作の最終盤で亀田が「もう1曲、この曲をどうしても入れるべきだ」と提案したのが大滝詠一の“君は天然色”。40周年記念盤のリリースやストリーミング解禁も大きな話題を呼んだ1981年のアルバム『A LONG VACATION』収録の一曲だ。CMソングにも用いられ、数々のアーティストがカバーしてきた名曲の歌い手として白羽の矢を立てたのは、“魔法の絨毯”で昨年に大きな飛躍を果たした川崎鷹也だった。
亀田:“魔法の絨毯”という曲がYouTubeでヒットしていて、すごくいい声だなと思って聴いてたんですよ。いまっぽさのなかにすごく正統なJ-POPマナーみたいなものを感じたし、声に輝きと陰りの両方があった。川崎さんの歌だったら、キラキラしたあの1980年代の世界に、令和の色彩感を加えることができるんじゃないかと思ったんですね。
でも、オファーしようと思っても連絡先がわからない。ホームページの「CONTACT」の欄から「松本隆さんのトリビュートアルバムをつくっているんですけども、そこで“君は天然色”をやりたいと思っていて、川崎鷹也さんに歌っていただけないでしょうか?」というメッセージをスタッフから送ってもらいました。真正面からお願いしたら快諾してくださった。自分としても手応えのある出来栄えになったなと思います。
オリジナル曲にかなり忠実なアレンジがなされた同曲のなかでも、イントロには亀田なりの原曲へのオマージュが込められているという。
亀田:イントロのピアノのホーリーなフレーズは、オリジナルのエンディングについているものなんですね。何故そういうことをしたかと言うと、“君は天然色”はたくさんのアーティストがカバーしてきたし、『A LONG VACATION』の40周年ということもあって、大滝詠一さんの原曲自体も世の中に流れてきているタイミングでもあった。いろんなものが1周、2周、3周して、循環の起点と終点の区別がつかなくなってきているような、それがなだらかにつながっている感覚があるんですね。だから、この曲のエンディングをあえてイントロに持ってくることによって、そういう音楽の循環みたいなものを表現したかった。ぼくはこのバトンを受け取って循環させる役目ですということを伝えたかったんです。

松本隆は、“赤いスイートピー”や“風立ちぬ”など松田聖子の名曲の数々の作詞も手掛けている。そんななかから亀田が選んだのは、自身が編曲家を目指すきっかけになった存在だという大村雅朗が作曲・編曲を手掛けた“SWEET MEMORIES”。その歌い手をYOASOBIの幾田りらにオファーするというのも亀田のアイディアだった。
亀田:去年の秋にYOASOBIさんとトークイベントでご一緒することがあって。そのときにAyaseさん、ikuraさんといろんなお話をしてピンと来たんです。YOASOBIのなかでikuraとして歌っている世界は、幾田りらさんというシンガーの「ある一面」にすぎないんだということに気づいた。それに、やっぱり去年から今年にかけてのYOASOBIの躍進はすごいじゃないですか。だから、当時日本で一番聴かれていた松田聖子さんの歌を幾田りらさんの歌声で歌っていただくことができたら最高だなって思って。それでオファーをしました。
スローテンポでしっとりとしたジャズテイストの楽曲で、松田聖子にとって歌手としての新境地を切り拓くきっかけになったこの曲。幾田りらも、YOASOBIでは見せていなかった歌の表現力を見せている。亀田はその真摯な姿勢をレコーディングで垣間見ていた。
亀田:幾田りらさんは、とにかく歌が上手いし、耳がいい。それだけでなく、ボーカリスト・幾田りらとしての、自分の思い描いている歌の設計図がしっかりとある。歌入れのときにも、歌詞カードに「ここはこう歌う」という矢印や記号がいっぱい書きこんである。ミックスダウンのときにも、自分の声の微妙なかすれ部分に対して「ここのフレーズにこのかすれはないほうがいいと思うんです」っていうことを言ってくださったりした。すごい才能の人が現れたと思いましたね。

“SEMTEMBER”は1979年にリリースされた竹内まりやの3枚目のシングル。林哲司が作曲を手掛けたシティポップの名曲だ。歌い手は、昨年にリリースされたカバーアルバム『ROMANCE』でも松本隆による作詞曲を歌っていた宮本浩次。亀田からオファーを受けた宮本からの熱望でこの曲に決まったようだ。
亀田:“SEPTEMBER”に関しては、宮本くんのほうから「この曲を歌いたい」と弾き語りのデモが送られてきたんです。それがめちゃくちゃよくて、「あ、これはもう決まりだ」と。宮本くんがデモで歌っている<セプテンバー>っていうフレーズの歌いまわしが、竹内まりやさんとまるっきり同じカーブを描いていて。「よっぽど好きだったな」と思って訊いたら、「当時、街中でこの曲流れてましたからね。あの時代はぼくも大好きなんですよ」みたいな、そんな会話をしたのを覚えています。
オリジナル曲の洒脱なグルーヴ感をいまの時代にあわせて換骨奪胎したアレンジでは、ベーシスト・亀田誠治による主張の強い演奏も聴きどころになっている。
亀田:オリジナル曲には当時のディスコミュージックの影響を果敢に取り入れてる感じがあったんですね。ディスコミュージックのポップな側面を意識して、踊れるようなベースにしたいという気持ちを込めて演奏しました。ディスコとポップの中間みたいなキラキラ感を、いつもは雄叫びの歌を歌う宮本浩次の歌でやりたかった。そういう狙いがあります。

映画『Wの悲劇』(1984年)の主題歌として、主演をつとめた薬師丸ひろ子が歌った“Woman“Wの悲劇”より”。松本隆とタッグを組みヒット曲の数々を送り出してきた松任谷由実の「呉田軽穂」名義での代表曲の一つだ。先日には『ミュージックステーション』でもこの曲を歌い大きな反響を集めた池田エライザの歌声を、亀田はだいぶ前から知っていたという。
亀田:じつは、7~8年前に、とあるオーディションを通じて池田エライザさんの歌を知ってたんです。そのときにはまだ高校の制服を着てました。ギターを持って、弾き語りで歌を披露してくれた。そのときの歌が素晴らしかったんですね。しかも、そのときから「演じる歌」っていうものをすごく感じていたんです。それでオファーをしたら、エライザさんのほうから“Woman“Wの悲劇”より”がいい、ぜひこの曲を歌わせてほしいという返事をいただきました。
俳優として数々の映画に出演してきた池田エライザがこの曲を歌うことにも意味と文脈が込められている。
亀田:“Woman“Wの悲劇”より”は、薬師丸ひろ子さんという役者さんが歌っている曲で。当時もきっと、ユーミンのメロディーに松本さんの歌詞を乗せて、薬師丸ひろ子さんが演じるように歌ったはずで。それを受け継いで、数十年後に池田エライザさんが、エライザさんなりの演じ方で歌ってくれた。こういう表現やパフォーマンスがピュアに伝承されていくことも大事にしたかったんです。

桑名正博のヒット曲“セクシャルバイオレットNo.1”は、松本隆とタッグを組んで数々のヒット曲を生み出してきた筒美京平が作曲を手掛けた一曲。松本隆にとっては初めてオリコンチャートで1位を獲った曲でもある。この曲のカバーをオファーするにあたっては、亀田からB’zの二人に直接手紙を書いたという。
亀田:ぼくとB’zさんには、ここ10年近く重ねてきている関係があって。自分がやっていたラジオ番組にお二人をゲストに呼んだり、B’zさんのアルバムでレコーディングメンバーとしてぼくが呼ばれたりもしていました。音楽に対してピュアなお二人だっていうことを肌で感じていたので、ダメもとでオファーしました。普通はB’zさんぐらいの大物アーティストになると、何曲か候補を出すんです。でもそうはしなかった。「亀田です。お久しぶりです。いま、松本隆さんのトリビュートアルバムをつくっていて、ぜひB’zさんに“セクシャルバイオレットNo.1”一択で、お願いしたいと思います」と、お手紙を書きました。
B'z
B’z
松本孝弘のギターサウンドが前面にフィーチャーされたこの曲。じつは桑名正博と松本孝弘の間には深い縁があったという。
亀田:お手紙を書いた2日後くらいに、マネージャーさんから電話をいただいて「とても前向きですよ。いま、松本も稲葉も一緒にいるんで、もう打ち合わせしちゃいましょう」とお返事をいただいた。それで松本さんと話したら「じつは亀田さん、ぼく、桑名正博さんのバンドで、ツアーでギター弾いてたんですよ。だから“セクシャルバイオレットNo.1”のリードギターのフレーズ、いますぐにでも弾けるんです」と言われた。驚きました。つまり、B’z結成以前、ギタリスト・松本孝弘さんのファーストキャリアのなかでこの曲を演奏していた。稲葉さんも「この曲は大好きな曲なんで、ぼくでよかったらぜひ歌わせてください」と言う。音楽の神様っているんだなと思いました。

1981年公開の映画『スローなブギにしてくれ』の主題歌としてヒット、その後もCMソングに用いられるなど世代を超えて愛される南佳孝の“スローなブギにしてくれ(I want you)”。ロッカバラードの原曲に、GLIM SPANKYのヴィンテージなロックサウンド、そして松尾レミのハスキーな歌声がマッチしている。
亀田:GLIM SPANKYはデビュー前から知っているんですね。ボーカルの松尾レミちゃんは「いつの時代に生まれたんだ?」と感じるくらい1960年代の音楽をたくさん聴いてきた人で、まずはそういう彼女の音楽のバックグラウンドへのリスペクトがありました。数年前にGLIM SPANKYと斉藤和義くんと一緒に、はっぴいえんどの“はいからはくち”をライブでカバーしたことがあるんですよ。そのときにも松尾レミちゃんのあの時代をすべて背負って音楽に向き合ってるようなところに感動していて。
だから、今回のアルバムにも、あの時代の音楽を知り尽くしているGLIM SPANKYをぜひとも呼びたいなと思ってたんです。そこからどんな曲を提案しようかと考えた。今回はとにかく「J-POP大全」をつくろう、昭和から令和に至るまでの名曲と大ヒット曲しか入れないと決めているなかで、この南佳孝さんの“スローなブギにしてくれ”が、松本隆さんの歌詞だということに後から気づいた。これはやるしかないと思いました。このロッカバラードの感じをGLIM SPANKYのサウンド、そして松尾レミちゃんのボーカルに置き換えたらすごいケミストリーが生まれるだろうと思いました。
オリジナル曲では1980年代的なサウンドの打ち込みのビートが導入されているこの曲だが、今回のトリビュートではアナログなバンドサウンドにこだわってつくられた。
亀田:この楽曲をGLIM SPANKYでやるにあたっては、バンドサウンドでやろうと思いました。レコーディングも一発録りです。ダビングもしてません。スタジオにぼくとカースケ(河村“カースケ”智康)と、ピアノの皆川(真人)くんと、GLIM SPANKYのギターの亀本(寛貴)くん、そして松尾レミちゃんと一緒に「せーの!」で録りました。バンドサウンドにするにあたってもレミちゃんから「亀田さん、これさ、“Oh! Darling”だよ」って一言があって。The Beatlesの“Oh! Darling”を聴いていただけると、なるほど空気は同じだということを感じていただけるのではないかと思います。

1977年、“てぃーんず ぶるーす”“キャンディ”“シャドー・ボクサー”という3か月連続シングルでデビューした原田真二。エルトン・ジョンやポール・マッカートニーなど、当時の洋楽ポップスの素養をバックグラウンドに登場した彼の初期の代表曲を、今回のトリビュートでは三浦大知がカバーしている。
亀田:“キャンディ”を選曲してくれたのは三浦大知くんのほうなんです。三浦大知くんに参加してもらいたいというのは最初から思っていて。大知くんにどの曲をやりたいかと聞いたら、この“キャンディ”が上がってきた。子供のときに親御さんと一緒に聴いていたそうなんです。三浦大知くんは、みなさんご存知のとおり、Folder5というグループの出身で。子どものときからプロフェッショナルだった彼が、小さいときに聴いていたこの曲をこのアルバムで歌ってくれるってことは、すごく意味があることだと思ったんですね。
ダンサブルな楽曲を得意にしている三浦大知だが、あえてこの曲では音数を抑えたシンプルなアレンジが貫かれている。
亀田:三浦大知くんの歌を聴いて、すごく歌のなかにグルーヴがあると感じていたんです。今回はドラムやベースでビート感を出すんじゃなくて、歌だけでグルーヴをつくろうと思った。というのも、例えばSpotifyで「グローバルTOP50」を聴いていただくとわかると思うんですけど、最近のヒット曲って音数が少ないんです。昔は派手につくられてきた洋楽のサウンドが、すごくシンプルになってきている。ジャスティン・ビーバーもアリアナ・グランデもそうだし、ぼくもそういうサウンドがすごく好きで。
だから、この曲に関してはドラムはなくていい、と。多少アンビエント音は入ってるんですけど、ピアノ一本でいいやって思った。そういうダンスミュージックの最新のかたちをこの曲で届けてみたいと考えて、今回のサウンドアプローチをしました。

1984年公開の映画『風の谷のナウシカ』のテーマソングとして、細野晴臣が作曲、安田成美が歌ったこの曲。これまでも数々のアーティストがカバーしてきた“風の谷のナウシカ”の世界を、このアルバムではDaokoの繊細で儚げな歌声で表現している。
亀田:松本隆さんと細野晴臣さんとのタッグによる最強の曲だと思ってますね。この曲の世界観を表現するには、歌によって浄化されるようなボーカリストの方に歌ってもらいたいと思って、今回はDaokoさんに白羽の矢を立てました。
Daokoさんの表現力の幅広さもよく知っていたし、もっともっと規格外の表現に踏み込んでいけるんじゃないかとも思った。いまのコロナ禍の社会情勢とこの『風の谷のナウシカ』という映画のなかで描かれている景色が、とても重なるんですね。そういう一筋縄でいかないことを歌で浄化するエネルギーをDaokoさんに期待して。それでお話をしたら、Daokoさんも『風の谷のナウシカ』が一番好きな映画だと言ってくださったんです。
打ち込みのビートとストリングスを用いた、広がりのあるアレンジもDaokoのハイトーンのボーカルを際立たせている。
亀田:サウンドメイキングにあたってぼくが大事にしたのは空間ですね。Daokoさんの声を活かす空間、松本先生の書く歌詞の情景を広げていく空間を汚さない、純度の高いサウンドメイキングをしました。Daokoさんも「ここの部分はナウシカのこのシーンを思い浮かべて歌います」と、自分なりのオリジナルに対してのリスペクトの気持ちを込めてくれて歌ってくれた。そういった意味では、Daokoさんの静かなるパッションが詰まった曲になったんじゃないかと思います。

1981年のオリコン年間ランキング1位を記録、80年代初頭を代表するヒットになった寺尾聰の「ルビーの指環」。松本隆が綴った洗練された大人の男の詩情を、クレイジーケンバンドの横山剣が色気たっぷりに歌い上げている。
亀田:この曲は松本隆さんの作り出すダンディズムがキーワードですね。都会的で、洗練されていて、ダンディズムという言葉がピッタリのシティポップだと思います。そういったオリジナルの寺尾聰さんの低音の魅力、ダンディズムを表現するにはこの人しかいないということで、クレイジーケンバンドの横山剣さんにオファーをしました。
オリジナル曲は印象的なホーンセクションのフレーズから始まるが、トリビュートアルバムのアレンジでは、あえて原曲と違うイントロに仕上げられている。
亀田:原曲は井上鑑さんがアレンジされてるんですけど、イントロの「♪ダッダラララーラ、ダダッ」って始まるところが、曲となかなか切り離せないんですよ。最初は「横山剣さんに決まった、バッチリだ!」って嬉々としていたんですけど、いざアレンジ作業を始めてみると、「うわー、これはカバーじゃなくてコピーになっちゃう」みたいな感じになってきて。
で、自分のなかでもう一回、ダンディズムとか、都会的とか、洗練性というところにキーワードを絞り込んで。同年代にヒットしていたビリー・ジョエルの“The Stranger”という楽曲や、(同名の)あのアルバムで表現しているダンディズムがピッタリくるんじゃないのかと思って、原曲のイントロの部分を一回ごっそり削除して、ニューヨークの摩天楼が見えるような都会的なサウンドスケープを自分なりにつくって組み立てました。でも、「♪ダッダラララーラ、ダダッ」を入れないと、これはこれで怒られるなと思って、1番のサビが終わってから間奏で出てくるようにしています。

松本隆の歌詞世界のキーワード「風街」の原点となったのが、1971年にリリースされたはっぴいえんどのセカンドアルバム『風街ろまん』。同作に収録された代表曲“風をあつめて”のカバーは、Little Glee MonsterのMAYU・manaka・アサヒの三人が歌い手をつとめた。
亀田:じつはmanakaちゃんが大の細野さんフリークで、はっぴいえんどに関しても、ぼくよりかなり詳しいんです。そういったこともあって、この曲はLittle Glee Monsterに歌ってもらいたいと思いました。“風をあつめて”って、ちょうど1番、2番、3番という構成なんですよ。その三コーラスを、MAYUちゃんとmanakaちゃんとアサヒちゃんの三人で歌い分けるということを考えた。ボーカル的にも情緒のリレーみたいなものができて、松本隆さんの「風街」という歌詞の世界を素敵なボーカルリレーションで表現できたんじゃないかと思います。
これまで数々のアーティストにカバーされてきた“風をあつめて”だが、このアルバムではピアノの響きと打ち込みのリズムによって、シンプルに構築されたアレンジになっている。
亀田:この曲も数多のアーティストがカバーしていて、ぼく自身にとっても何回目かのカバーになる。そのなかで新しい“風をあつめて”をどうつくるのか、どういうサウンド感にするかをミッションとして取り組みました。コロナ禍中の、極めて人と人が集まりにくい状況で立ち上がったレコーディングで。そのときにぼくがトライしたのは、宅録で、皆川(真人)くんにピアノとオルガンのデータを送ってもらうのを頼んだ以外は、全部ぼくが打ち込みをやって、ベースもギターも弾いています。つまり、自分が音楽を始めた原点のようなピュアな感覚でこの曲に向き合った。環境がそうさせたというところから、このサウンド感が生まれていきました。

こうして完成した全11曲。松本隆トリビュートアルバムでありつつ、亀田にとっては目論んできた「J-POP大全」が仕上がったという手応えが強くあったという。
亀田:一点の曇りもない作品ができたと思います。ぼくのすべてがここに投入されている。そして、参加してくれたアーティストも素晴らしいパフォーマンスをしてくれている。そしてやっぱり、楽曲が素晴らしい。何拍子も揃っている手応えがあります。昭和、平成、令和に至る月日を越えて、こんなに名曲が集まったアルバムがつくれた。それはこのタイミングでしかなかったかなと思いますね。
そして、その背景には松本隆が日本の音楽シーンにもたらしてきた功績がある。単に作詞家として名曲の数々を手掛けてきただけでなく、その言葉の響きが出自やスタンスの違うジャンルやカルチャーを融合させる結び目のような役割を果たしてきた。だからこそ、これだけ幅広く、かつ普遍性を持ったヒットソングが生まれてきたわけである。
亀田:例えば演歌とポップスとか、歌謡とロックとか、それまでは親和性が少なく上手く馴染まなかったものが、松本隆さんの歌詞が入るだけで、きれいにまとまるんです。音楽としていきいきと動き始める。そこは松本隆さんのノーベル賞的な発明だと思うんですね。
例えば細野晴臣さんがアイドルに楽曲を提供していったのもやっぱり松本隆さんの存在があったからこそで。少しいびつだったものがうまく合わさって、それが時代のなかで格好いいものだと受け止められていった。松本隆さんの存在がなかったらば、いまのJ-POPの流れっていうものは、無かったのではないかと思います。
松本隆作詞活動50周年トリビュートアルバム『風街に連れてって!』を、制作総指揮をつとめた亀田誠治が全曲解説!(インタビュアー:柴那典)
初回限定生産盤(CD+LP+豪華特典本)

2021年7月14日(水)発売
価格:11,000円(税込)
COZP-1747-8

1. 夏色のおもいで / 吉岡聖恵
2. 君は天然色 / 川崎鷹也
3. SWEET MEMORIES / 幾田りら
4. SEPTEMBER / 宮本浩次
5. Woman“Wの悲劇”より / 池田エライザ
6. セクシャルバイオレットNo.1 / B’z
7. スローなブギにしてくれ(I want you) / GLIM SPANKY
8. キャンディ / 三浦大知
9. 風の谷のナウシカ / Daoko
10. ルビーの指環 / 横山剣(クレイジーケンバンド)
11. 風をあつめて / MAYU・manaka・アサヒ(Little Glee Monster)
通常盤(CD)

2021年7月14日(水)発売
価格:3,300円(税込)
COCP-41453

1964年生まれ。音楽プロデューサー・編曲家として数多くのヒット曲を生み出し、ベーシストとしても様々なアーティストのレコーディングやライブに参加。2004年には椎名林檎らと東京事変を結成。2005年からはBank Bandのベーシストとして『ap bank fes』に参加。2007年および2015年には日本レコード大賞で編曲賞、2021年には映画『糸』で日本アカデミー賞優秀音楽賞を受賞。近年はJ-POPの魅力を解説するNHK Eテレの音楽教養番組『亀田音楽専門学校』シリーズへの出演や、親子孫3世代がジャンルを超えて音楽を体験できるフリーイベント『日比谷音楽祭』の実行委員長を務めるなど、さまざまなかたちで音楽の魅力を発信している。

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