K-POPの「ファンダムの力」を考察。自主と連帯が生む熱狂と危険性 – CINRA.NET(シンラドットネット)

「ファンダム」という言葉がある。これは熱心な愛好家を指す「fan」に、領地や管轄、状態、集団などを意味する接尾辞「dom」を加えた単語で、主にポップカルチャーやスポーツなどの熱狂的なファンによって作られる世界や文化を示すものだ。
さて、筆者がK-POPを知るなかで最もカルチャーショックを受けたのは、そのファンダムが持つ力の大きさだった。K-POPのシーンは数日寝込もうものならすっかり浦島太郎状態になってしまうほど、日々大量のコンテンツが供給される。驚くべきは、そうしたコンテンツの多くが芸能事務所やテレビ局などのみならず、ファン自身から生み出され、共有されるということである。もちろん、ファン活動の楽しさはアーティスト側からの供給あってこそというのが大前提ではあるが、与えられたコンテンツを享受して消費するのみに留まらないファンの「自主性」と、それらをコミュニティー内で分かち合おうとする「連帯意識」はシーンを充実させる原動力となり、K-POPファンならではの楽しみに繋がっているのではないかと考えている。
しかし一方でそんなファンダムの力が負の側面を持ち、問題の芽となる現象が見受けられるのも事実だ。筆者はいちファンとして、K-POPに出会うまで経験したことのなかった喜びと共に、「喜んでばかりでいいのだろうか」という葛藤も現在では抱えている。今回はK-POPのシーンを盛り上げるファンダムの力と、その影響がもたらす「喜び」と「葛藤」について考察したい。
K-POPファンダムが持つ自主性は、そこから生まれるファンカルチャーによく表れている。
例えば、アーティストの誕生日やデビュー記念日を祝う「広告看板」は韓国内の駅やバス停、商業施設と至るところで目にすることができるが、これらは所属事務所によって公式的に設けられているわけではない。広告費の資金源は一個人や私営ファンクラブ、またSNSで有志の集金を広く呼びかけられたりするものと様々で、出資から広告デザインの作成、代理店とのコンタクト、広告掲載の情報拡散などの行程がファンによって自主的に行なわれている。なかにはバスや飛行機全体をアーティストの写真でラッピングしたり、高額で知られるニューヨークのタイムズスクエアに広告を掲載した事例もある。

また、同様にファン発信で行なわれるポピュラーなイベントとして「カップホルダーの配布」というものもある。これは、会期中に所定のカフェを訪れてドリンクを注文するとアーティストの写真が施されたカップホルダーを貰うことができるというもので、カフェ内では写真や似顔絵イラストなどが飾られたギャラリースペースが設けられていることも多い。筆者も韓国を訪れた時、実際にこれらを目にしたり体験したことがあったのだが、街中で大々的に「推し」の誕生日が祝われている光景から新鮮な喜びを感じたとともに、それらを実現させたファンの熱量と行動力にただただ圧倒されたのを覚えている。
さらに、K-POPファンダムにおける二次創作の活発さも自主性の発露と言える。
新曲のMVを初視聴しているファンの様子などを映す「リアクション動画」もそのうちの一つで、画面のなかの見知らぬ人が嬉々として映像に反応しているのを見ていると、自分自身が同作品を初視聴したときの感動が甦るとともに、大きな「わかりみ(共感の気持ち)」の波に飲まれるのが楽しい。
この他に、パロディーMVを自主製作する者も存在する。なかでも、身の回りにあるものを使い元作品を模倣する「Zero Budget(予算なし)」と呼ばれるジャンルは、CG合成や豪華なセット、衣装など多額の予算が費やされたK-POPのMVを逆手にとっているようで、その創造性やユーモアセンスに心打たれる。
これらはアーティスト本人よりも製作者のファン心理に目が向けられるコンテンツなのだが、二次創作を通して伝えられるアーティストに対する愛やリスペクトに共感を覚えることで、観る側である自分自身のファン心が育っていくのを感じる。

またK-POPファンの自主性の象徴とでも言うべき有志ファンによる翻訳行為は、K-POPアーティストの発言を非韓国語圏のファンに届ける上で欠かせないものとなっている。
例えば、アーティストが動画配信を行なうサービス「VLIVE」の動画につく多言語の字幕は、主に視聴者による字幕作成コミュニティー「V Fansubs」によって提供されている。ここでは日本語や英語のみでなく、中国語、スペイン語、インドネシア語、ポルトガル語、トルコ語、アラビア語、タガログ語など多岐にわたる言語の字幕がファンの手によって作成される。つまり、視聴者による字幕作成をサービス側が公式に認めているシステムと、それに応える有志ファンの存在が、K-POPアーティストの発言を非韓国語圏に届けることを可能にしているのだ。この他にも、アーティストのSNS投稿やメディア、コンサートにおける発言はネット上で活発に翻訳されており、SNS上には翻訳専門のファンアカウントが各言語ごとに多数存在している。

本連載の初回記事において、TWICEのVLIVE配信に魅力を感じる理由を「リラックスした様子で何気なく交わす会話を通じて、彼女たちの意志の発露が垣間見える(気がする)から」と述べたが(参考:笑顔だけではないTWICEの物語。“Feel Special”が歌う痛みと愛)、韓国語を理解することができない筆者が彼女たちによる会話内容を把握出来るのは、他のファンによる翻訳があってこそだ。新しくアップされた動画にファン字幕がついているのを見るたび「有り難み」を感じながら視聴している。このようにファンダムによる自主性は、今や世界規模にまで拡大したK-POPの受容を助ける役割を果たすまでに至っていると言えるのではないだろうか。
このような能動的な行動にファンを駆り立てる要因の一部として考えられるのは、互いに結び付くことで楽しみや熱量が増幅される連帯意識と、アーティストからの働きかけが生むファンダムへの帰属意識だ。それらがどのように育まれていくか、K-POPアーティストが新作をリリースし、一連のプロモーション活動を行なう一大行事、「カムバック(通称カムバ)」の動向を通して紐解いていこう。
「カムバ」に対するファンの士気を一段と高めるのが、新作のトラックリストやコンセプトイメージ、MVの一部などの情報を事前に小出しするティーザーイメージや映像だ。「ティーザー期間」中に連日発表される作品の切れ端が引き起こす興奮の声や考察合戦は、新作を待つファンダムの期待感を大いに盛り上げる。複雑なコンセプトに基づく様々な小ネタが仕掛けられたハイコンテクストな作品が多いK-POPのコンテンツにおいて、ティーザーからディテールを拾い上げ、新作に対する思いを膨らませる行為は楽しいもので、世界中のファンが新作発売前にカムバの喜びを分かち合う時、まるで一つの大きな「祭り」に参加しているような感覚を覚える。

ティーザーによってリリース前から活気づくこの「祭り」は、新曲公開日にピークを迎え、勢いそのままに音楽番組出演などが行なわれる活動期間へ突入していく。
韓国の音楽番組事情といえば、火曜から日曜まで週6で放送されているほどの充実ぶりで知られる。番組ごとに異なる集計方法で選出した週間チャートが発表され、出演者が1位を獲得した際はその場で受賞スピーチとアンコールタイムが設けられるのが通例だ。ネット上では「推し」により良い順位をもたらすべく、ファン同士での呼びかけが熱心に行なわれるのだが、ここで見られるファンダムの連帯性は目を見張るものがある。ファンたちは特定の時間帯で集中的に新曲のストリーミングを行なう(「総攻撃」と呼ばれる行為)など、効率的な戦略を立てて組織的に行動するのだ。
そしてこの連帯が結実した時、トロフィーを獲得したアーティストが受賞スピーチで口にするのがグループごとに異なった独自のファンダム名である。BTSの「ARMY」やTWICEの「ONCE」、BLACKPINKの「BLINK」などがその例だ。

K-POPアーティストは、様々な局面で自身のファンダム名を頻繁に呼びかける。応援するアーティストから「◯◯(ファンダム名)愛してる」「私たちの◯◯」と呼びかけられるたび、ファンはファンダムへの帰属意識を感じるとともにアーティストを含めた「私たち」という連帯感をもたらされているように感じる。ファン活動を行なうなかで増幅されるファン間の連帯意識と、アーティスト側からの働きかけによってもたらされるファンダムへの帰属意識は、ファンダムのコミュニティーの繋がりをよりいっそう強める役割を果たす。
これまで挙げた例はあくまでK-POPにおけるファンカルチャーの一側面に過ぎないものだが、強大なファンダムの力を暗に産業側が利用する動きも見られる。
この例に、アーティストのパフォーマンスや出勤・退勤風景などを撮影して公開する「ホームページマスター(ホムマ、マスター)」と呼ばれるファンの存在が挙げられる。肖像権などの問題によりファンによる個人的な撮影は公で認められていない場合も多いのだが、基本は自治的に設けられたマナーの範囲内で、オフィシャル写真に劣らないクオリティーの写真を撮影して公開する「マスター」の行為は、多くのファンによって歓迎されているように見受けられる。一般的なファンにとってはアーティストの有益な情報源として重宝されることもあり、「グレー」な存在として扱われているというのが本当のところだろう。昨年韓国で放送されたテレビドラマ『彼女の私生活』ではマスター活動を行なう主人公が登場していたが、これはマスターの存在そのものが物語の題材として用いられるまでに一般化していることの表れと言えよう。

また先に述べた広告看板やカップホルダーは、主に主催者であるマスター自身が撮影した写真を用いて製作されるが、ほとんどの場合、所属事務所へ素材使用の申請をしないまま行なわれている。ソウル交通公社の調査によればファンによって韓国内に掲載されたアーティスト広告の数は2016年の542件から2018年には2008件と急増しているというが、文化として着実に定着していると同時にその宣伝効果も拡がりを見せているため、運営側も黙認せざるを得ないというのが正直なところだろう。
以上はあくまで非公式のファン活動を運営側が暗に認め、利用することでファンダムが活性化し、相互関係性を保っているという領域に留まっているものだが、ファンの起こしたアクションが産業そのものへ直接的な影響を与えることもある。
例えば、アーティストの活動内容や彼らが所属する事務所の運営方針がファンによって不適切と判断された際、ファンによる抗議文や要請事項を書いた大量のポストイットが事務所の建物の壁一面に貼られることがある。過去には実際にポストイットに書かれたファンの声が事務所によって受け入れられた例も存在する。他にも、ファンの呼びかけによる署名活動や、事務所前でのデモ活動など様々な形でファンダム自身が声をあげることで状況変化をもたらしたケースも見られる。
個々のファンの行動力や自主性が連帯と熱狂をもって増幅され、一塊となったその主張がアーティストの活動に直接的な影響を与え得るという状況にも至っているのだ。運営側にとってそれだけファンダムが無視できない存在であるということの裏返しとも言える。

しかし、こういったK-POPファンダムが持つ力の大きさは、時にアーティストを追い込む危険な動員力になり得ることも忘れてはいけない。
マスターによる撮影はしばしば秩序を欠き、殺到した人々やアーティストの負傷事故に繋がっていることはかねてより問題視されている。また「サセン」と呼ばれる悪質ファンによる、アーティストの私生活にまで踏み込んだ追っかけが電話番号やフライト情報などの個人情報を入手して付きまとう犯罪行為にまで発展するなど、その熱量と行動力が誤った方向に働いてしまっている状況もある。いつどこで自分の個人情報が出回るか分からないという不安感がアーティストに与える心的ダメージは甚大だろう。さらにはネット上における各ファンダム同士の過激な争いだけでなく、悪意の矛先がアーティスト自身に向けられ、彼らやその家族に対する誹謗中傷まで及ぶこともままあり、運営側から法的対応の警告がなされる例も後を絶たない。欧米でも『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』に不満を持った『スター・ウォーズ』ファンが、出演者のケリー・マリー・トランに対してバッシングや差別発言を繰り返し、彼女がInstagramの全投稿を削除するに至るなど、「トキシック・ファンダム(有害なファンダム)」の問題は議論されているが、この問題はK-POPにも当てはまる。
近年、業界全体が抱える課題として叫ばれるのはアーティストのメンタルヘルス問題だ。韓国市場の内需だけでは大きな収益を見込めないK-POP産業がグローバル戦略に力を入れることで、海外にいる私たちが文化の恩恵に預かれるのは喜ばしいことなのだが、その需要をどこまでも満たそうとするあまりアーティストの多忙は激化の一途を辿っている。加えて、以上に述べたようなストレスに悩まされる彼らの精神状態の過酷さは計り知れない。ファン活動をするうえで忘れてはならないのは中心にいるアーティストが生身の人間であり、ファンの望みや「こうあるべき」と考えること、それに応えざるを得ない産業の事情と、アーティスト自身の意向は必ずしも合致しないということだ。
そしてファンダムのコミュニティーを盛り上げる自主性や連帯性は、ともすればネガディブな方向に転んでしまう場合もあるため、その力を過信することなく危機感をもって扱わねばならないように感じる。アーティストがあって初めて成立するはずのK-POP産業及びファンダムにおいて、本来尊重されるべきはアーティストの存在であるはずなのだから。
K-POPのファンダムに属することは、その独自性ゆえに魅力的で楽しい。しかし今や産業をも動かすほどに拡大した力が、アーティストにもファンにも喜びと苦しみの両方を生み出す源となり得ることを考えれば、現在におけるK-POPファンダムと産業の課題は規模の拡大ではなく、構造そのものの見直しとさらなる成熟した体系を築くことと言えるだろう。
……と、問題の規模があまりに大きすぎて頭を抱えたくなるが、いちファンとして出来ることと言えば、まずは応援しているアーティストを取り巻いている実情について知り、その深刻な現状を認め、自らの行ないを精査することなのではないかと思う。音楽番組で賞を獲得したアーティストがスピーチで頻繁に用いる文言として「もっとかっこいい◯◯(アーティスト名)になります」という表現があるが、彼らを応援している側だって「もっとかっこいいファンに」なるよう努めるべきなんじゃないだろうか――そんな自戒を胸に刻ませている。

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