【コラム】ローファイヒップホップ現象を再考する – FNMNL

昨今世間を何かと賑わせているローファイヒップホップ。チルかつメロウなメロディとシンプルなドラムパターンを特長とし、その聴きやすさから人気を不動のものとしつつある。
ローファイヒップホップというジャンルは2016年ごろより流行し、YouTubeの生配信という独特のフォーマットで主に聴かれている。日本のアニメのアートワークを用い、また楽曲自体もアニメのサウンドトラックをサンプリングしたものが多かったために、日本のインターネットでも徐々に知名度を上げていった。
ローファイヒップホップの音楽的な起源は一般的にNujabesに代表されるジャジーヒップホップにあるとされる。またShigetoやTeebs といったビートシーンのプロデューサーたちのサウンドの影響もあるだろう。
あるいは、2012年頃よりインターネットで爆発的な広がりを見せたVaporwave、さらにはその源流となったチルウェイヴからの影響もローファイヒップホップを語る上で外せない。Vaporwaveの特徴であった日本のサブカルチャーからのサンプリングは、ローファイヒップホップのビジュアルイメージに確実に影響を与えているはずだ。その上、統一されたアートワークとフォーマットを使用するという美学も共通する。
ローファイヒップホップとアニメの結びつきには、アメリカのアニメプログラム『adult swim』も多分に影響している。アニメを専門としたケーブルテレビ局カートゥーンネットワークの深夜帯に放送されるこのプログラムには、大人を対象としたアニメの再放送の合間に『Bumps』と呼ばれる短いCMが挟まれる。そのCMの多くにはStones ThrowやGhostlyなどのレーベルからリリースされるビートが使用されており、adult swimを見ていた子供たちがそういったビートとアニメに影響を受け、後にローファイヒップホップシーンを形成した、という仮説も存在している。
またadult swimではNujabesが音楽を手掛けた日本のアニメ作品『サムライチャンプルー』が放送されており、同作のサウンドトラックがローファイヒップホップのプロデューサーたちにNujabesを周知させたという見方もある。
それらの源流たちが複雑に絡み合って生まれたのがローファイヒップホップだと言える。
そもそもローファイヒップホップという音楽ジャンルは、一概に「ヒップホップ」とカテゴライズして良いものなのかという疑問が拭えない。確かに初期のローファイヒップホップの代表的なプロデューサーであるBSD.UはJ DillaやFlying Lotusといったビートシーンを出自としている。一方でElijah WhoやJinsangといったプロデューサーは必ずしもヒップホップに影響を受けてトラックメイクを始めたわけではないことをインタビューなどで公言している。
例えば、Elijah Whoの楽曲の中で最も再生回数が多いものがこれだ。
言わずと知れたMigosの代表曲を文字通り「Sad」なテイストにリミックスしたこの楽曲は、ヒップホップ的なマナーというよりもミーム的な部分が先行した物であるように感じられる。
他にもMadeinTYOの”Skateboard P“をメロウなトラップにリミックスした音源を発表するなど、現在一般的にローファイヒップホップとカテゴライズされるような音楽だけを標榜していたわけではないことが分かる。
これらのビートメイカーたちが形成したローファイヒップホップシーンが支持を集めた最も重要なプラットフォームがYouTubeであることは言うまでもない。ローファイヒップホップの代表的なキュレーションメディアであるYouTubeチャンネルChilled Cowは、スタジオジブリのアニメ作品『耳をすませば』の主人公が勉強をするシーン(現在は別の画像に差し替えられている)をループさせたgifをバックに様々なローファイヒップホップの楽曲を無限に配信するライブ配信『lo-fi hiphop radio』を放送し、同ジャンルのアイコニックなイメージを確立した。
他にもローファイヒップホップコミュニティを初期から推進してきたレーベルChillhopもYouTubeのライブ配信を行っており、またアメリカ在住のDJであるRyan Celsiusも『24/7 lofi hip hop HIGH AT WORK Radio °』と題した配信を続けている。現在ではストリーミングが休止されアーカイブのみが残された状態だが、JojiやRich Brianを擁する88risingも『THERE, THERE RADIO』と題したローファイヒップホップの配信を行なっていた。
先述のRyan Celsiusは、ローファイヒップホップだけでなく『TRAPPIN’ IN JAPAN』というチョップド&スクリュードやフォンクのミックスやエモラップのキュレーションも自身のチャンネルで行っている。これらの動画にはいずれも人気アニメシリーズ『ザ・シンプソンズ』のキャラクターが使用されており、これは数年前にインターネットで局所的に流行を見せたミーム「Simpsonwave」の残滓だと思われる。
そもそもインターネット音楽のYouTubeにおけるキュレーションはローファイヒップホップの勃興以前から盛んに行われており、例えばVaporwaveの系譜にあるダンスミュージックであるフューチャーファンクの代表的チャンネルArtzie Musicや、ローファイハウスのEELFなどのキュレーションメディアがジャンルを問わず存在する。ヒップホップファンにとって馴染み深いデーモンastariTRASH 新 ドラゴンといったチャンネルもその一端に含めて良いはずだ。
先行するインターネット音楽とローファイヒップホップの最も大きな違いは、後者が長時間聴くことを想定されキュレーションされる点にあるだろう。先に挙げたローファイヒップホップの配信の多くはタイトルに「Study」ないし「Work」といった語句が含まれ、聴き手の意識に大きな影響を及ぼさないという音楽的な特性から、BGM的な消費のされ方を前提に紹介されているのが特殊なポイントだ。例えば同ジャンルの起源とされるNujabesの「チル」「リラックス」といった受容のされ方は明らかに後発の物である上、はたまた同じく影響源とされるLAビートなどのジャンルにおいては初めからそのような消費のされ方は念頭に置いていない、もしくは忌避される傾向にある。
もちろんローファイヒップホップにカテゴライズされる現行のプロデューサーたちの中にも「BGM」という意識を持たずに制作を行う者は少なからず存在するはずだが、一度その括りに入れられてしまえば、環境音楽的な役割を一様に担わされることとなる。ローファイヒップホップがジャンルとして成立した後に、それを標榜して作られた楽曲は当初から環境音楽として作られたものだと言っても過言ではないだろう。
勉強や仕事のBGM、といった機能的な面が良くも悪くもフィーチャーされ、そこに「オシャレなBGM」というイメージが付随され現在進行形で流行を広げているため、そのイージーな制作手法も相まってヒップホップのフィールドからは同ジャンルが批判を受けることも少なくない。また「ローファイヒップホップ」というカテゴリーが先行しすぎたために、メロウでレイドバックした雰囲気を持つビートがこのカテゴリーのもと一纏めにされてしまう、という弊害も存在する。かといってローファイヒップホップと、そうでないメロウなビートについての音楽的な線引きが明確に存在しないことが特異な点だと言える。つまり現在のローファイヒップホップとはリスナー側の聴取環境や態度、第三者による視点などの複合的な原因によって生まれた現象であり、ヒップホップのサブジャンルとして強固にアイデンティファイされたものでは無いと言っても良いかもしれない。ヒップホップ由来の一つの音楽ジャンルとして捉えることは、結果的にリスナーとプレイヤーの両方にとって齟齬を引き起こす要因となりかねないのだ。
ミームに端を発する音楽の持つ環境音楽的な機能が注目を浴び、ジャンルの起源や成立の過程といった文脈を抜きにして消費、再生産されることでローファイヒップホップ現象は増殖を続けている。(山本輝洋)

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