betcover!!の冷めた苛立ち「問題ばかりの日本、チルってる場合じゃない」 – Mikiki

あと数か月で2010年代も終わろうとしている。次の10年はどんな時代になるのだろうか。最近は嫌なニュースばかり続いて、お先真っ暗な予感しかしない。でも、もっと暗い気持ちにさせられるのは、そういう危機感を共有できそうな音楽がなかなか見当たらないことだ。
「いまの日本、メチャクチャ問題あるじゃないですか。チルってる場合じゃないんだけど、それを音楽で示すのがタブーみたいになってる」
そう語るのは、本稿の主人公である99年生まれのシンガー・ソングライター、ヤナセジロウ。彼の率いるプロジェクト、betcover!!のメジャー・デビュー作『中学生』は、例えばビリー・アイリッシュがそうであるように、何もかもをひっくり返してしまいそうなポテンシャルを秘めている。
ダブ、パンク、フォーク、ソウルを呑み込んだ音像は、90年代のベックも彷彿とさせるミクスチャー感覚と、若い耳ならではの遊び心を兼ね備えたもの。突き刺すというよりは潜り込むようなグルーヴは、聴き手をじわりと侵食するだろう。これまで発表してきた2枚のEP『high school !! ep.』(2017年)『サンダーボルトチェーンソー』(2018年)にはないダークでフラジャイルな質感や、学生時代に想いを馳せつつ、ディストピアを生きる心情を生々しく、ときにドリーミーに描く詩世界もまた、この作品を特別なものにしている。
何より圧倒的なリアリティーを感じさせるのが、「楽しい時代というのがなかった」と語るヤナセの鋭い眼光。〈これを待っていた!〉と歓喜したのは自分だけではないだろう。2019年屈指の衝撃作ができるまでのプロセスと、彼いわく〈つまらなさすぎる〉音楽シーンの現状について、存分に語ってもらった。
 
グッとくる音楽にはどこかにハプニングがある
――再生して最初の音が鳴った瞬間に、〈このアルバムはヤバイ!〉って思ったんですよね。1曲目“羽”のイントロ。あのローファイな質感、冷んやりとした響きと、心の内側に潜り込むようなグルーヴ……なんだこれって。


「あのイントロを作ったときは、スタジオに僕とエンジニアさんしかいなくて。〈どうする?〉って話しながらツマミをもっと回したり、一緒に音作りをして遊んでたんですよ。それで、最初はちゃんとギターとか重ね録りしてたんですけど、(ほとんどの音を)もういらないって消してしまって。二人で爆笑しながら〈これだ!〉って(笑)。だから、あれはおふざけですね。深い意図はない」
――驚かせよう、というつもりもなかった?
「それはあったかも。〈笑ってもらえればいいな〉って。グッとくる音楽は良くも悪くも、どこかにハプニングや引っ掛かりがあると思うんですよ。音がズレてる、半音ぶつかってる、歌がヘタみたいな。そういう感じで、曲のなかに変なものを入れたかった。そうじゃないとつまらなく聴こえてしまうし……最近の音楽は精査されすぎ、化粧されすぎでイヤだなって」
――たしかに。
「でも、“羽”は化粧しなさすぎというか(笑)。3つしか音を使ってないし、ドラムのスネアも演奏した音は消して、打ち込みを使っていて。ガッカリ感じゃないけど、なんというかショボい音の打ち込み(笑)。それがいいか悪いかは置いておいて、こっちのほうがおもしろいでしょって。今回のアルバムではそんなことばかりやってましたね。僕は実験音楽やノイズ系も好きだから、〈これは引かれるだろうな〉っていうアイデアを何回も試したりして(笑)」
――そんなヤナセさんが〈おもしろい〉と思っている音楽がどういうものか知りたいです。
「ホラー映画のサントラがSpotifyに山ほど転がってるので、最近はジャケから探しまくってます。60年代のそういう映画音楽って、途中までは綺麗な旋律のヴァイオリンとかが入ってるのに、拍とか関係ないところで違う曲になったりするから、意味がわからないんですよ(笑)。あと、ダブも好きで、初めて聴いたときには爆笑しちゃった。1分くらいイントロがあって、やっとヴォーカルがくるかと思ったら、そこで曲が止まってフェードインでドラムが入ってくるみたいな。そういうわけのわからなさ、ぶっ飛んじゃってる感じにかなり影響を受けていて。そこからキング・タビーやオーガスタス・パブロが好きになった。“ゆめみちゃった”のイントロとかモロに真似してます」


――アルバムを聴くと、ほかにもいろんなジャンルの音楽を好きそうな感じがしました。
「そうですね。コーデッツみたいな古い音楽もだし、メタルもよく聴いていて。ハードコアだと最近好きなのがノックド・ルーズ(Knocked Loose)ってバンド。バッド・ブレインズなんかも好きですね」
 
中村佳穂や長谷川白紙みたいな最先端の音楽ではないんです
――さっきSpotifyで掘ってるという話がありましたけど、ストリーミングが普及したことで音楽の画一化が進んできているような気がしていて。平均点は高くなったかわりに、似たような音楽が濫造されて、それをみんながチヤホヤして安心する、みたいな構図。betcover!!の新作はそういう世の中へのカウンターというか、〈ほかとは一味違うものを作ってやろう〉みたいな心意気を感じたんですけど、ご自分としてはどうでしょう?
「最近、すごい人たちがいっぱいいるじゃないですか――若手というか、僕よりちょっと歳上の人たち。折坂悠太さんや中村佳穂さん、歳が近い人だと長谷川白紙さん、君島大空さんとか。僕はそっちの人がやっているような最先端ができないんです。フォークや詩がすごく好きなんですけど、パソコンは使えないし電子音とかもよくわからない。ちょっと古い人間なので付いていけなくて」

――いちばん若い人が何を言ってるんですか(笑)。
「それに僕、歌がメチャクチャ(音程が)ズレるんです。今回のアルバムもそうで、あとで調整もしてないので、自分でマジ聴けないところがあって……(笑)。でも、ありがたいことに、〈ソロ・アーティスト特集〉みたいなので、そのへんの人たちと一緒に紹介していただくこともあり……肩身が狭くて(笑)」
――わはは(笑)。
「今回のアルバムは『中学生』ってタイトルですけど、それこそ当時からイケてない感じだったので。吹奏楽部だったから〈運動部は死ね!〉みたいなナード・カルチャーで育ったというか(笑)。そんな感じだから、僕はいい音楽を作ろうというより、とにかくおもしろいことをやりたい。そういう天邪鬼な精神で音楽をやっているところがありますね。本当は音楽的なことをやりたいけど、できないからシニカルなユーモアに走っちゃう」
 
暗い時代の負のエネルギー
――そういうナードで天邪鬼なパーソナリティーは、元を辿ればどこから育まれたものだと思います?
「時代。時代が暗いから。94年に生まれてからずっと不景気だったし、楽しい時代というのがなかったし、浮かれている状態とかも体験したことがない。だから、自然とそうなったんだと思います。反骨じゃないけど負のエネルギーが強い。その話で言えば、いまは何かが動こうとしている感じがあるじゃないですか? 音楽でもそれ以外でも」
――いろんな物事の過渡期って感じがしますね、良くも悪くも。
「そうそう。そこで無理やりアゲようとする動きもあるけど、僕はそれには乗りたくない。そうじゃなくて、自分でキラキラ感ゼロのままカルチャーにまで持っていきたいんですよね。ファンタジックなものがリアルに感じられないのは当たり前ですけど、いまはみんなリアリティーを求めすぎて、逆にファンタジーになっちゃってる気がする。
でも僕は、非現実をやるほうが現実的なものを見られると思っていて。僕はファンタジーのなかにリアルを見たい。この『中学生』も幻想、過去の記憶をストーリーにしているんですけど、そのほうが現実を見ているという考えもあるんですよ」
――3曲目の“異星人”も、音やタイトルはファンタジックだけど、歌詞やサビはむしろ現実のビターな色合いを強く感じるというか。

「テーマは一応あるんですけど、それはみんなに考えてほしくて。ただの異星人の話ではないです。そこを置き換えてリアリズムに昇華するというのを、わかりやすくやったつもりです。あと、この曲は90年代や2000年代初期のポップスを意識していて。その時代の売れそうで売れなかったポップスを想像しながら作りました。こういうのありそうだよなーってアコギを弾きながら」
――弾き語りでも成立しそうなメロディーの強い曲なのに、キーボードも駆使したドラマティックな音作りを添えているところが、たしかに90年代っぽい。
「音的には中村一義さんとか……あ、スガシカオさんかな。ファースト(『Clover』)のアコギの感じがすごく好きで。あのアルバムがいちばん好きですね」

――その2人がデビューしたのは共に97年で、2人とも宅録を売りの一つにしていましたよね。音楽の作り方がたくさんあるなかで、ヤナセさんはなんで宅録を選んだんですか?
「デジタル系の綺麗な音がいいと思ったことがあんまりないんです。ギルバート・オサリヴァンとB.J.トーマスみたいな古い音楽が小さい頃から好きだったので。あとは映画音楽。中学生の頃、学校をサボってフランス映画を観まくっていました。テレ東で午後に放送していたロマンポルノとか青春群像劇みたいなやつ。どれも古い映画だから音が揺れちゃってたんですけど、その揺れ方が好きで研究していました。エフェクターにオーバードライヴをかけて古い音を出すとか。自己流でそういうのばっかりやってましたね。今回も5曲目の“雲の上”は宅録で、そうやって作るのはやっぱり好きです」


――ギター、ベース、キーボードまで、今回もドラム以外は全部一人で演奏していますよね。
「そうですね。人見知りなので、あんまり知らない人とやりたくなくて。あとは音楽的なところよりも自分の世界観へのこだわりがあるので。人として好きじゃないと絶対に関わってほしくないし、よくわからない人には弾いてほしくない。同世代もロクな奴がいないけど、ドラムは仲がいいので叩いてもらってる感じです」
――ニトロデイの岩方ロクローさんが叩いてるんですよね。
「そうそう、彼はもともとハードコアとかをやってたんです。betcover!!のライヴでも最近はいつも裸になって、楽しそうに叩いています」
 

リスナーの耳や頭が悪いだけ
――ライヴといえば、5月にあるイヴェントでbetcover!!のライヴを観ましたよ。 
「ステージから下駄を投げたときですよね(笑)。最初のMCで〈お前らは渋谷系でも聴いとけ!〉みたいなこと言ったら、本当にお客さんがたくさん帰っちゃったらしくて」
――言ってた(笑)。あのときのライヴは演奏もやけっぱち感が際立っていたけど、アルバムはむしろコントロールが行き届いているというか、プロダクションを自分なりに作り込んでる気がして。そこの差別化はやっぱり意識してます?
「そうですね。ライヴは音源(のアレンジ)をわかりやすくした感じにしつつ破壊力があるというか。音源まで全曲あんな爆音にしちゃうと、わかりやすくなりすぎて嫌なので。できれば、どちらも聴いてほしいんですよね。僕って音源だけだと誤解されがちで、前のEPとかシティ・ポップってすごく言われちゃったんですよ。それで〈あーあ……〉って」
――やっちまったー、と思った?
「いや、それはお客さんのせいなので。僕の周りはみんなわかってくれているし、ちゃんとした人が聴けばわかるというか。リスナーの耳や頭が悪いだけ(笑)。そういうお客さんがそのイヴェントには特にたくさんいました。前の方は〈やれやれー〉って盛り上がってたけど、後ろはみんな顔が引きつっていて(笑)。〈思ってたのと違う〉〈帰りたい〉みたいな表情をしてるんですよ。でも、そうなるとすごく楽しい。やる気出ちゃう」

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