ダンスフロアの熱狂とDJが紡ぐ闘争の歴史。『スモール・アックス』が描いたパンク時代の黒人たち – CINRA.NET(シンラドットネット)

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(メイン画像:『スモール・アックス』第2話より BBC Studios/ Des Willie © McQueen Limited)
「抑圧された者たちの、貧しい人々の、声なき者たちの、下層階級の、地上の地獄に堕ちた者たちの音楽」(*1)
この定義を見てどんな音楽を思い浮かべるだろうか? ロック? ヒップホップ? デトロイトテクノ? 否、これは他でもないレゲエミュージックを言い表した言葉だ。
エドガー・ライト監督もお気に入りにあげた映画アンソロジー・シリーズ『スモール・アックス』に色濃く息づくのは、まさにこのレゲエミュージックの歴史と文化。1980年というパンク~ニューウェイブ時代のロンドンを舞台とした本シリーズ第2話「ラヴァーズ・ロック」で描かれるのは、数々のレゲエチューンに乗せて肌を寄せ合い踊るカリブ系黒人の男女たち。
DJ(*2)のマイクパフォーマンスによって、ホームパーティーで踊る男女が距離を縮めていく様がロマンティックに描かれると同時に、「俺たちは平和の使者だ」「不機嫌よ さらば」といった言葉を通じてカリブ系移民の精神やその実情が物語られる。直接的な描写はほんのわずかにとどまるが、その社会・時代背景には移民たちと白人の対立や緊張が存在している。
『スモール・アックス』において深い印象を残すレゲエミュージックは、どのような役割を担っているのだろうか? UKカルチャーの重要な要素のひとつであるレゲエ文化の側面から、『REGGAE definitive』(2021年、ele-king books)の著者・鈴木孝弥に解説してもらった。
まずはタイトルの重要なロゴマークの話からはじめよう。
「スモール」と「アックス」の間にあるシンボルは、レゲエ(ジャマイカ音楽)愛好家には即、ピンとくるものだ。英「Trojan Records」のレーベルマークである。
『スモール・アックス』作品ビジュアル(サイトを開く
トロージャン(Trojan)とはトロイの木馬で有名なトロイ戦争の舞台、古代トロイアの人々の意味だが、英国には昔その名を冠した自動車メーカーが存在した。
当時はまだ英国の統治下にあったジャマイカの重要レコードプロデューサー、レーベル / サウンドシステム(*3)オーナーのデューク・リードは、自身のサウンド(システム)の機材を運搬するのにその英「トロージャン自動車」社製のトラックを愛用し、車体に「サウンドのトロージャン・キング(トロイアの王)」とペイントしていた。
「トロージャン」には古代トロイア人の気質から「忍耐強く勇敢な者」の意があり、他のライバルサウンドと熾烈な人気争いを繰り広げるその分野での自分の人気と実力を、愛車の社名に引っかけてアピールしていたわけである。
リー・スクラッチ・ペリーらが「Trojan Records」について語ったショートビデオ。レーベルロゴのシンボルが『スモール・アックス』の作品ロゴと同様のものであることが確認できる
そんなことから、デューク・リードのサウンドでプレイされるR&Bや、そこから派生して生まれるジャマイカオリジナル音楽のスカやロックステディが「トロージャン・サウンド」と呼ばれるようになった。
その名称「トロージャン」を引き継ぎ、ジャマイカ音楽を英国に、ひいては世界に紹介発信するレーベルとして「Trojan Records」は1967年に誕生。その翌年には、このいわゆる「トロイアの兜」をレーベルのシンボルマークに採用した。
その後しばらくのあいだ(『スモール・アックス』5作の時代背景に合致する1960~80年代)、「トロージャン」は英国におけるレゲエの代名詞となり、とりわけ大西洋を渡った「旧被植民者」たるジャマイカ / カリブ移民たちの心を癒し、鼓舞する重要な装置となった。
本作『スモール・アックス』のタイトルの引用元となったボブ・マーリー“Small Axe”(1973年)。この楽曲の背景にはアフリカの諺があり、<お前たちが大きな木だったら / 私たちは小さな斧 / お前たちを切るためによく研ぎ澄まされている / 切り落とす準備はできているんだ>と歌われる
つまり、この『スモール・アックス』の5つのエピソードの登場人物たちは、旧統治国の権力側(大きな木)がはたらくあまりに理不尽な不正と差別に対して立ち向かうことを余儀なくされた「小さな斧」であり、「トロージャン(忍耐強く勇敢な者)」なのだということが、このタイトルと兜のロゴマークに含意され、UKカリビアンのアイデンティティーの象徴として掲げられているのである。
そこからの想像に難くないように、このシリーズがレゲエミュージックに託しているものは小さくない。
全5話中3話でレゲエの楽曲多数が効果的に使われているが、とりわけ饒舌なのがレゲエの英国発祥のサブジャンル名をタイトルに冠した第2話「ラヴァーズ・ロック」だ。
『スモール・アックス』2話「ラヴァーズ・ロック」予告編(サイトを開く
主人公マーサが贔屓のアーティストとしてルイザ・マーク、ジュニア・イングリッシュ(の名前は字幕では割愛されている)、グレゴリー(・アイザックス)、ジャネット・ケイを挙げ、劇中でフィーチャーされているレゲエチューンはシリーズ全体を要約しているかのようである。
もっとも印象的な、(ジャマイカ移民二世歌手)ジャネット・ケイの“Silly Games”は、都会的でスウィート、もっぱら恋愛をテーマとしたレゲエと認識されているラヴァーズ・ロックを代表する1979年の名曲であり、ここではUKカリビアンたちが集うパーティーで展開される恋愛譚を彩っている。
フランクリン(中央左)、マーサ(中央右) / 『スモール・アックス』第2話より BBC Studios/ Des Willie © McQueen Limited
互いに気持ちは同じなのに男が煮え切らず、恋が成就しない状況に業を煮やす女性の心理を歌った切ない曲だが、このパーティ会場で、カリブ・オリジンの女性ばかりか男性も一緒になって全員がこの曲を延々とアカペラで大合唱するのである。
そうして歌詞が強調されるとき、「愚かな駆け引き / 計略」の相手の姿に「イギリスという国」が透けて見えてくる。そこに、表面を糖衣でコーティングしたラヴァーズ・ロックに内在する政治性が鮮やかに立ち上がる。
本作には“Silly Games”のプロデューサーのデニス・ボヴェルがカメオ出演している / 『スモール・アックス』第2話より BBC Studios/ Des Willie © McQueen Limited
第2話「ラヴァーズ・ロック」から遡ること数年、1970年代にイギリスは経済破綻状態に陥っていた。高まる失業率をはじめとする市民が抱く不安と不満は、第二次世界大戦後の復興の助けとして受け入れられたカリブなどの移民たちへ転嫁されていく。そうしたイギリスにおける人種間の対立や緊張、人種差別に対してパンク(白人)とレゲエ(黒人)が共闘した「ロック・アゲインスト・レイシズム(RAR)」というムーブメントも第2話の背後には存在している。ドキュメンタリー『白い暴動』(2019年、監督はルビカ・シャー)ではその様子が捉えられており、本作をより深く理解する際の参考になる
第2話の終盤でもう1曲じっくり聴かされることになるのは、1970年代ジャマイカの代表的なセッションバンドのひとつザ・レヴォリューショナリーズの“Kunta Kinte”だ。
『ピューリツァー賞』を受賞したアレックス・ヘイリーの小説をもとに1977年にテレビドラマ化され大ヒットした『ルーツ』(話は18世紀に西アフリカのガンビアで拉致されたクンタ・キンテがアメリカに奴隷として売られるところからはじまる)の主人公に捧げたナンバーで、この曲でダンスフロアは異様な盛り上がりを見せる。
魂と記憶と身体をアフリカからカリブへ、そして今度はカリブから英国へと二重に引きずり回され、見えない足枷を引きちぎらんばかりに激しく踊る。彼(女)らは、現代のクンタ・キンテなのである。
また、これらの曲をプレイするサウンドシステムにターンテーブルが1台しかない点に驚く人もいるだろう。
セレクター(左)とDJ(右)。第2話で描かれる、セレクターのかける曲に合わせたDJのマイクパフォーマンスは「トースティング」(*4)と呼ばれる BBC Studios/ Des Willie © McQueen Limited
2台のターンテーブルを使って複数のレコードの音をつなげるヒップホップ文化以前にジャマイカ移民が英国に持ち込んだワン・ターンテーブルのサウンドシステム様式は、今日では英国のルーツレゲエのサウンド特有のスタイルとしてその伝統が守られている。
この第2話のそんなディテールにも、UKカリビアンのアイデンティティーがしっかり表現されているわけだ。
実に映画的なこれらのコノテーション(含意)が、ノッティング・ヒルの民家で催されたブラックロンドナーたちのホームパーティの一夜を描いたストーリー(全5話中、第2話は唯一のフィクションである)に味わい深い陰影を与えている。
『スモール・アックス』第2話より BBC Studios/ Des Willie © McQueen Limited
毎年夏の終わりに開催される、カリブ移民のお祭りとしてはじまったストリートカーニバルでも知られるロンドンのウエスト・エンド地区ノッティング・ヒルは『スモール・アックス』の中心的な舞台だが、カリビアンカルチャーにまったく興味のない層にもこの地名を広く知らしめたのが、映画『ノッティングヒルの恋人』(1999年、監督はロジャー・ミッシェル)だった。
あの映画で印象的な、記憶に残る使われ方をしていたアル・グリーンによるビー・ジーズのカバー“How Can You Mend a Broken Heart”を本作の第3話でもわざわざ使っているのは、白人のラブコメディーと本作との対照性に見る人の注意を惹くギミックだとしか思えない。
ここでもスティーヴ・マックイーン監督は、音楽の記憶に訴えイメージを喚起する力をあらゆる角度から効果的に使いこなしている印象を受ける。
そのノッティング・ヒルのカリブ料理レストラン「マングローヴ」を舞台とする第1話から、ジャマイカ音楽の偉大なるアイコンであるトゥーツ・ヒバート率いるトゥーツ&ザ・メイタルズ、あるいはザ・ヴァーサタイルズ、ボブ・マーリーらの楽曲が流れる。
レゲエ的な興味から最も興奮させられるのは、南ロンドンのブリクストンを舞台に作家アレックス・ウィートルの半生を描いた第4話である。
そこではアビシニアンズ、ルーピー・エドワーズ、デニス・ブラウン、ザ・フレイムズ、プリンス・ファーライ、ボブ・マーリー、ブラック・ユフルー、オーガスタス・パブロ、シュガー・マイノット、リントン・クウェシ・ジョンスンら、ルーツロックレゲエの粋と言えるような面々の楽曲の断片が、贅沢な音の舞台装置として散りばめられている。
ストリーミングサービスで『スモール・アックス』全体のプレイリストが各種公開されているが、スマホで音楽認識が簡単な今日、とりわけこの第4話は相当にイケてるレゲエサンプラーとしても使えそうだ。
が、そもそもブリクストンの風景や登場するサウンドシステムカルチャーの記述もあいまって、1980年の英フランコ・ロッソ監督映画『Babylon』と同じ匂いを放つ第4話は、ほとんどレゲエムービーの範疇にある。
シリーズのタイトルとそのロゴマークから暗示されていたとおりに、レゲエミュージックは『スモール・アックス』のもうひとつの主人公なのである。
『スモール・アックス』4話「アレックス・ウィートル」予告編(サイトを開く
Spotify「Small Axe: Official Playlist」を聴く(Apple Musicで『Small Axe (Music Inspired By The Original TV Series)』を聴く
『スモール・アックス』の物語背景にある、アフロカリビアンの歴史を紐解いた記事はこちら(記事を開く) / 『スモール・アックス』第1話より BBC Studios/ Des Willie © McQueen Limited
*1:アレクサンドル・グロンドー(著)、鈴木孝弥(訳)『レゲエ・アンバサダーズ 現代のロッカーズ――進化するルーツ・ロック・レゲエ』(2017年、DU BOOKS)イントロダクションより。同書P.103には、「レゲエは、貧しくもインスピレイション豊かで、音楽の内に平和主義的な逃げ道を見つけたアーティストたちのエスプリとハートから生じたものだ。それらの主要なメッセージを産み出す動機となった悲惨にもかかわらず、レゲエは積極/建設的(ポジティヴ)かつ理性的(コンシャス)であり続けている」ともある
*2:レゲエカルチャーにおいてDJとはマイクを持ってしゃべる / ラップする人(MC)のことを指す。実際はかなり歌に近いパフォーマンスを聞かせる人が多い。単にレコードを回すDJと区別するため、しばしば「ディージェイ」あるいは「DeeJay」などと書き分けられる
*3:音を鳴らす機材一式のこと。転じて、任意の場所にスピーカーを積んで音楽を全身で楽しむジャマイカンスタイルのストリートパーティーの意味も持つ(『REGGAE definitive』参照)
*4:曲に乗せて(節をつけて)しゃべるパフォーマンスのこと。レゲエカルチャーにおいてディージェイはトーストをする者を指し、その「話すように歌うボーカルスタイル」あるいは「唱法としてのラップ」であるディージェイスタイルの歴史は古く、起源は1950年代にまで遡り、今日のヒップホップ / ラップ文化にも影響を及ぼしたことで知られる(『レゲエ・アンバサダーズ 現代のロッカーズ――進化するルーツ・ロック・レゲエ』参照)
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