ノベルティソング サンプリングやラップの先駆け ビルボード … – 山陰中央新報社

POP

 1956年は、前回記した通り、プレスリーの話題で圧倒されるのだが、今回はビルボードの歴史においては、ほとんどランキングには縁のなかった分野からのチャートインに触れてみたい。その分野とは何か。それはノベルティソングである。ブリタニカ国際大百科事典によれば、「ポピュラー・ソングの一つ。珍奇な効果音や早口などを盛り込んであり、子供の歌を模倣したものもある」とある。調べてみると、米国では20年代から30年代にかけてそれなりに人気があったとのことだが、ここに来て新手のノベルティソングが台頭してきた、ということになろうか。
 56年の年間チャートでは、30位にブキャナン&グッドマンというチームの“The Flying Saucer”というタイトルが入っているほか、47位にはナーバス・ノーバスというアーティストが“Transfusion”でチャートインを果たしている。“The Flying Saucer”とは、文字通り「空飛ぶ円盤」であり、“Transfusion”とは「輸血」という意味だ。結論から言うと、この2曲がノベルティソングなのだが、両者とも「珍奇な効果音や早口などを盛り込んで」いるため、聴く限りにおいては、一般的な日本国民にとってはほとんど意味不明。英語のニュアンスがよくつかめないので、「はあ?」という部分が多いのだが、あえて説明してみると次のような具合だ。
 30位“The Flying Saucer”。56年からさかのぼること18年前の38年。当時脚本家で俳優のオーソン・ウェルズがラジオ番組で「宇宙戦争」というタイトルのプログラムを朗読、放送した。これは英国の作家H・G・ウェルズが1898年に書いた同名のSF小説がベースとなっていたのだが、それらをさらに脚色し、なおかつこの当時ヒットしていた17曲を部分的に切り取って使用、つまりサンプリングした上でシングルレコードとして世に出したのが、この“The Flying Saucer”だ。その中身を簡単に言うと、宇宙からやって来たとおぼしき空飛ぶ円盤をめぐる街の騒動を伝えるため、作者の1人グッドマンが「空飛ぶ円盤」についてリポートしたり人々に感想を求めたりと、言わば実況中継のスタイルでドタバタを表現したノベルティである。ヒット曲の一部分を自らの言葉として使ってみたり、インタビューする相手には別な曲をトリミングして返答の言葉にしたりと、とにかくやたら転換が早い。
 一例を上げると…リポーターが「宇宙船は本物だ!」と叫び、それに続いてすかさず曲がかかるのだが、それは「心で見えないものを感じたらそれは本物なんだ」というプラターズの“The Great Pretender”の歌詞だったり、別な場面では、地球着陸後に宇宙人の発した言葉が「バッパァ・ルーバップ・パッ・ラプ・バー・ブーム」(リトル・リチャードの“Tutti Frutti”の歌詞の一部)などという具合だ。こういうのが、延々と続くので、ヒット曲を熟知していた当時の米国人にとっては、大いに興味を抱かされたことだろう。しかし、当然のことながら、著作権の問題がミエミエだったので、どのレコード会社も発売することを嫌がり、仕方がないので自分たちでレーベルを立ち上げたという逸話が残っている。この後、実際に1人のアーティストから無断転用との訴訟を受けたのだが、裁判所は「空飛ぶ円盤」を新しいパロディーと認め、訴えを棄却したのだった。
 著作権の概念が米国とは若干異なる日本では、このようなケースでどうなるかは不明だが、現在のデジタル・ミュージックの制作過程では、多かれ少なかれサンプリングは当たり前の手法となっていて、半世紀以上も前に発明(?)された音源制作方法が、現代では常識となってしまったことに改めて気付かされる。
 47位“Transfusion”。前述した通り、直訳すると「輸血」というタイトルである。これは決して、血が足りないのだから皆で献血に行こう、などという道徳的な曲ではない。その逆で、本当に輸血の必要な男が、なぜにそういう事態に陥ったのかについて、「珍奇な効果音や早口などを盛り込んで」レコードにしたもので、いわば50年代のラップと言えよう。これも説明するのは甚だ難しいのだが、要約すると次のようなことになろうか。
 かなりスピードを出しているのだろうと想像される車のエンジン音とともに、ロックンロール風の短いイントロに次いで口上が始まる。「高速道路をツーリング。気分は上々、でも赤い一時停止の標識が…」などと不吉な出来事を予感させるフレーズが耳に入ってくる。続いて、急ブレーキの音と蚊の泣くような情けない小さな悲鳴に爆発音。間髪を入れず、「輸血してくれ、輸血! もう二度とスピードは出さないっ」との決意表明。しかし、また別な状況の解説が入り、「アクセル全開でトラック追い越し~」との懲りない発言。この後再び、急ブレーキの音と蚊の泣くような情けない小さな悲鳴に爆発音。またもや「輸血を頼む、輸血! もう絶対にスピードは出しませんっ」とむなしい決意。しかし、この後も、飲酒運転、ハンドル操作のミスなどの事故で「輸血、輸血」を繰り返す始末。つまり、無謀な運転で交通事故を多発、その度に流血してしまい、なんとか早く輸血を、という内容なのである。これを作って歌ったのは、ナーバス・ノーバスという別名を持つ歌手ジミー・ドレイクだった。作りの目新しさよりも倫理的に問題ありとの見地から、当初はほとんどのラジオ・ステーションで放送禁止となったようだ。
 とにもかくにも、ノベルティソングは、ある意味お騒がせな歌だったのだが、今から思えば先駆性に富んだ「仕掛け」を持った創作ではなかったか。ビルボード・ヒットチャートを語る上では、場違いのような個性的かつビックリのノベルティソングだが、筆者の拙い説明では疑問ばかりが先立つことと思う。機会があれば、ぜひとも傾聴いただきたい。
  (オールディーズK)
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