大江千里氏(後編)タフな人生の中の幸運を大切にする – 日経クロストレンド

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米国でジャズピアニストとして認められつつある大江千里氏。大胆なキャリアチェンジを成功させたその前向きな姿勢は、どこから生じるのか。アーティストの根幹であるライブ演奏にはどのような考えで臨むのか。今後の目標と併せて聞いた。
大江さんは異国である米国でも常に前向きですね。米国でグリーンカードを取得するときの話を聞きましたが、本来なら怒って当然の話ですよね。
大江千里氏(以下、大江氏) 米国でグリーンカードを取得するには、そのためにお医者さんがそろえる資料が非常に重要なんです。不備があっては取得できなくなる。僕の場合、提出した書類に不備があると1回戻ってきたので、再度、健康チェックのレントゲン写真を撮りに医者に行き、書類をもらって弁護士のところに行こうとしていたんですよね。
 そのとき、ふと、ちょっと待てよ、この中に入っている資料を一応プリントアウトして、僕もコピーを持っておいたほうがいいなと考えて、医者のところにそれを頼みに戻ったんです。それでばーっと資料を開けてプリントアウトしていたら、医者の先生が「あーっ」と言う。「どうしたんですか、先生」と聞いたら、「資料が1枚足りなかった」と。1枚足りなかったら、再度の書類不備で2度とグリーンカードは取得できなかった。「戻ってよかった、偉いよ、俺」と笑いましたね。
普通なら、そこで医者の先生に怒る人のほうが多いはずです。
大江氏 いやぁ、ラッキーだったなと思って。基本的に人生ってタフですよね。ならばその中で得られた幸運は大切にしたいと思うんです。
 実は数カ月前に父が亡くなったんです。父が危ういという知らせを受け、どうしても亡くなる前に会いたくて、2日だけ大阪に滞在できる往復チケットがようやく取れたので急遽(きゅうきょ)来日したんです。
 それでそばにいたら、意識も遠のきつつあるのに、僕が帰る前日の夜に、父がボードに、ビール、飲めると書いてくれて。僕はちょうどコンビニでノンアルコール飲料を買ってきて、病室の外で1人で飲もうと思っていたんです。そこへ父がそんなことを言うから、「俺、買っているよ、これはノンアルコール、飲む?」と言ったら、かすかに「飲む」と。だから、急須に入れて茶わんに注いで乾杯したんですよ。
 結局、乾杯して翌日にニューヨークに戻って、電話が鳴ったら父が亡くなったという知らせだったけれど、しかし僕と父の乾杯、酌み交わしというのは何か約束みたいもので、何か父と僕らしいお別れだったなと。父を亡くすのは確かに悲しい出来事ですが、こうしてお別れができたのは幸運だったなと。
 それから、今回の来日前に、新譜のためにトリオ(3人)でレコーディングの予定を入れていたんですが、いろいろスケジュールが立て込んで、その日からレコーディングするには、僕が体力的にかなりきつい状況に陥ったんです。普通なら延期してもおかしくないし、レコーディングしたとしても数日はかかったかもしれない。
 けれども、ラッキーなことに曲は全部仕上がっていた。そこで、やっぱり人生はタフなもんだと再認識して、止まるわけにいかないなら思い切り声を上げて楽しもうと考え、予定通り、その日のうちに新譜を全曲レコーディングしちゃったんですよ。今回トリオで組んだアリ・ホーニグとマット・クロージーに「大丈夫だよ、ベイビー」と背中を押されたというのもありますが…。そのタイトルが『Hmmm』。何かあったときにうなる「ウーム」という音そのまんまです(笑)。
Hmmmという名前の由来はどこにあるのですか。
大江氏 名付けるときに考えたのは、人生ってどうなんだろうね、ということ。ビューティフルライフを期待するほどもう若くはないし、だけど違った意味での本当の青春が始まりつつあるし、本当に今度は失敗できないぞと思いながら、でも一方で何が起こるか分からないことを楽しみに、にやにやしている自分がいる。そういうときに、どうですかね、このウームという音がもたらす味は。ちょっとずる賢い、だけどとてもチャーミングな、そういう思いを示せたネーミングになったと思っています。
アルバムの中身が、そういうちょっとずる賢い、だけどとてもチャーミングな雰囲気になっているということですか。
大江氏 そうです。それともう1つ。僕からすると、今回の新譜はやっとできたという感の強いアルバムなんです。4年間通ったザ・ニュー・スクール・フォー・ジャズを12年5月に卒業し、7月にジャズピアニストとしてのデビューアルバム『Boys Mature Slow』を個人レーベルから出しました。男子は成熟するのに時間を要すという意味のタイトルですね。
 次にビッグバンドで東京ジャズに出演。2枚目のアルバム『Spooky Hotel』、3枚目のアルバム『Collective Scribble』を出し、4枚目のアルバム『Answer July』をシエラ・ジョーダンと一緒に作りました。そして18年に出した5枚目のアルバム『Boys & Girls』では、僕のかつてのポップスの作品をジャズにしてピアノ・ソロでカバーしました。「ポップス・ミーツ・ジャズ」をやったことで、音楽には垣根がないんだ。僕はそれを体現できるアーティストの中の1人なんだ。それを楽しまなくてどうするというスタンスが、やっと見えました。
 その流れを踏まえ、今回の『Hmmm』はオリジナルの新しい曲ばかり9曲を入れました。聞いていただいたら分かりますが、ジャズピアニストになってから出した僕のこれまでのアルバムとは、また違う世界を見せられると思います。僕が大好きで美しいと思うものを1つも捨てたくないということを体現して作った実験作。誰もやってない、Oe Senriらしいアルバムになったという自負はありますね。
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