中島美嘉「STARS」 | 西寺郷太のPOP FOCUS 第8回 – ナタリー

西寺郷太のPOP FOCUS 第8回 [バックナンバー]
天才作家陣が作り上げた不朽のJ-POPバラード
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西寺郷太が日本のポピュラーミュージックの名曲を毎回1曲選び、アーティスト目線でソングライティングやアレンジについて解説する連載「西寺郷太のPOP FOCUS」。NONA REEVESのフロントマンであり、音楽プロデューサーとしても活躍しながら、80年代音楽の伝承者として多数のメディアに出演する西寺が、私論も織り交ぜつつ愛するポップソングについて伝えていく。
第8回では2000年代を代表する歌姫・中島美嘉にフォーカス。秋元康、川口大輔、冨田恵一がタッグを組んで作り上げた「STARS」と、中島のシンガーとしての魅力に迫る。
/ 西寺郷太(NONA REEVES) イラスト / しまおまほ
「STARS」は、2001年にリリースされた中島美嘉さんのデビューシングルで、60万枚の大ヒットを記録しました。自分はこのとき、プロになってすでに5年が経っていました。オーバーグラウンドで、同世代の作曲家・川口大輔くんと、1999年の段階でNONA REEVESもプロデュースしてもらったことがあった編曲家、プロデューサーの冨田恵一さんが作り上げた歴史的な傑作が浸透したことに喜びとうらやましさの入り混じった、大きなショックを受けたことを覚えています。
「STARS」は、中島さん自身もヒロイン役で出演したドラマ「傷だらけのラブソング」の主題歌。完全に日本音楽界が総力を結集して生み出した、“21世紀のシンデレラガール登場!”というイメージでした。ただ、やはりそれも中島美嘉さん個人のミステリアスなパワーがあってこそ。特に誰にも媚びない凛とした歌心は山口百恵さんを彷彿とさせます。それこそジャンヌ・ダルクから脈々と続く、選ばれた冷徹な目を持つ少女だけが汚れた世界で真実を射抜く、という系譜はビリー・アイリッシュなどにもつながる1つの形。「STARS」が収録された1stアルバム「TRUE」も発売から3週間を待たずミリオンを突破し、まさに破竹の勢いでした。
中島さんは自身でも数多くの作詞をされていて。同じくミリオンセラーとなった2003年の2ndアルバム「LOVE」に収録されている「You send me love」では、中島さんが歌詞を担当し、僕が作曲家として参加することになったこともあり、個人的にも思い入れは深いシンガーです。僕の周りの今30代の女性に、初めて買ったCDが中島さんの作品っていう女性が多いんですよね。「『You send me love』は好きだったけど、あの曲、郷太さんの曲なんですね!! クレジットなんて見てないくらい幼かったんで」と驚かれることが本当に多くて。
改めて記すと「STARS」は秋元康さんが作詞、僕の友人でもある川口大輔くんが作曲、冨田恵一さんが編曲。歌詞、曲、アレンジ、すべてにおいてJ-POPバラードの最高峰じゃないかと。6分を超える大曲で、今ならブリッジの展開も含めてここまでドラマチックに仕上げはしないかも、という気もしますが、この曲が示した世界観が、J-POPの歴史をど真ん中から書き換えたのは間違いありません。
「STARS」のリリース当時、秋元さんは42歳。1980年代はおニャン子クラブのプロデュースをはじめ輝かしい功績を残して来られましたが、もしかすると90年代は秋元さんの全キャリアの中では今思えば試練の時期だったんじゃないかと。92年に発売されたとんねるずの「ガラガラヘビがやってくる」でチャート1位を取られてはいますし、V6の「MUSIC FOR THE PEOPLE」の人気も含めて、もちろん変わらずヒットメーカーではあったんですが。
川口大輔くんは同じ大学の後輩で僕の2個下。いつもは「DK」って呼んでます(笑)。後輩と言いつつ、大学時代は彼とは直接の接点はなかったんですが。川口くんが土岐麻子さんや和田唱(TRICERATOPS)くんと渋谷区立西原小学校で同級生だった、という話は土岐さんや和田くんからよく聞いていました。Kくんが2006年にリリースしたアルバム「Music in My Life」の収録曲「Last Love」を僕が作詞、川口くんが作曲したことがきっかけで仲良くなって。これはまた同じ早稲田大学の先輩で日本を代表するプロデューサー、松尾“KC”潔さんに誘ってもらいコンビを組ませてもらったんです。僕は「この曲を自分が作ったことにしたい!」と思えるかどうかをソングライターとしての心の基準にしてるんですが、川口くんの作品にはそういううらやましい、“クレジット泥棒”をしたい楽曲がたくさんあります(笑)。
この連載を執筆するにあたって、川口くんに電話でインタビューしてみました。彼はもともとソニーの新人オーディション、SDで育成されている新進気鋭のシンガーソングライターで、最初は、2001年3月にCHEMISTRYがリリースしたデビューシングル「PIECES OF A DREAM」の“当て振り”のミュージシャンとして仕事をしていたと。テレビ番組やライブなどでバンドをバックに歌うとき、キーボードを“弾いているフリ”をするわけですが、実際、川口くんはめちゃくちゃピアノがうまいんですけどね。あくまでも番組のために雇われていたらしいんですが、当時CHEMISTRYが爆発的なムーブメントを起こした流れで、川口くんも連動して本当に忙しくなったらしく。テレビ局の帰り道でヘトヘトになりながら「自分は作曲家として曲を書く側にならないと」と強い決意を持って、真夜中に空を見上げていたことを覚えているらしいです。最初にトライした2曲が結果CHEMISTRYの2枚目のシングル、「Point of No Return」との両A面となる「君をさがしてた~The Wedding Song~」と、この「STARS」だったと聞くと、いきなり順風満帆すぎますけどね(笑)。
川口くんは2002年に中島さんの大傑作「WILL」も担当。その後、CHEMISTRYもボーカルで参加した2002年の「FIFAワールドカップ」の公式テーマソング「Let’s Get Together Now」も手がけて時代の寵児になりました。今に至るまで、JUJU、土岐麻子の楽曲をはじめとして、数々の名曲を手がけているんですが、10代でアメリカ・ロサンゼルスやブラジルで暮らした経験もあることで、ほんのり多国籍的なグルーヴ、ラテンの香りが漂うのが彼の作風なのかなと思います。ちなみに川口くんはシンガーソングライターとして、2004年にアルバム「Sunshine After Monsoon」でソロデビューもされています。
冨田恵一さんは1990年代後半、キリンジのプロデューサーとして頭角を現し、2000年のMISIA「Everything」、2001年の「STARS」で鬼気迫るかのように綿密にデザインされたアレンジャーとしての実力を存分に発揮。その名が世の中に広く知れわたった天才ですね。変な表現になるかもしれないんですが、僕は音楽家として“バラード”という形態がそもそも好きじゃないんです。というか、「ほぼすべての安直な作りのバラードが嫌い」と言いますか。「こういうコード進行なら、こういう歌詞を乗せて、こういうこみ上げた歌唱をすれば人は感動するだろう」みたいな、軽い甘えが1つでも混ざるとプロとしてわかっちゃうんですね。ドラマや映画で言ったら、大切な恋人が死んでしまう、みたいなプロットに近いのかもしれません。そうすればそれなりに人の心は動かせるので。またか、みたいな。ただ、冨田さんが手がけるバラードのアレンジはそんな低いレベルではないんですよね。2000年だけに注目してみても、「Everything」の2週間後にキリンジの代表曲「エイリアンズ」がリリースされていて、どちらもJ-POPバラードのクラシックになっていることを考えると、この頃から本当にトップスピードに入ったんだな、と。で、冨田さんの凄味は生ドラムも完全にサンプリングした打ち込みで制作するグルーヴのコントロールにあります。今は当たり前ですが、当時冨田さんはあらゆるタイプのマイクやドラムセットを使っていろんなスネアやキック、ライド、クラッシュ、タムなどの音源をサンプルして保有し、自分好みに時間をかけて打ち込まれていました。その時期の技術ではかなり面倒なプロセスではあったんです。なので、ヒューマニックな生ドラムをすべて緻密な設計図をもとにプログミングするそのマジカルな瞬間をスタジオで見て衝撃を受けました。1999年、大ブレイクの前のタイミングで冨田さんにプロデュースしてもらえたことは忘れがたい経験でしたが、そのとき、まるで彼の音楽は点だけで描いた教会の巨大な宗教画のように思えて畏れさえ抱きました。だからこそバラードのその先、安易な甘えのない場所に到達できる。
中島さん歌唱の最大の魅力は、低音から高音にかけて急速に駆け上がり、ファルセットも混ぜるときのスリリングさだと思っていて。「STARS」で言えば「無力な言葉よりも」でFからDまで駆け上がるメロディ。そこでゾクっとするんですよね。実は「重ねた唇」(NONA REEVES「THE SPHYNX」収録)ってもともと中島さんに作った曲で。彼女が化粧品のCMを担当されていて、シングルを、とコンペティション依頼を受けて提出したんですが返ってきたので自分で歌いました。化粧品のCM用だから「唇」というキーワードを入れてはいたんです。結果、自分の代表曲になって感謝しているんですが、誰かに歌ってもらおうとして作ると自分のそれまでの領域を広げることができるんですよね。「重ねた唇」の低音から急に上がるようなメロディ、サビ最後の「思い知る」あたりは「STARS」における「無力な」と同じ音程の駆け上がりで、中島さんを想定して考えたものなんですよね。残念ながら返されはしましたが、彼女に歌ってもらえたら絶対にハマるだろうな、と今でも思っています。
「STARS」は、2005年のベスト盤に収録されたとき、ボーカルが録り直されています。確かに、そちらのほうが安定した“中島美嘉感”が出ていると感じます。ライブやテレビなどで何度も歌われて、シンガーとしての個性が確立されたあとのスタイル。聴き比べても面白いと思いますね。個人的には、デビュー版のキャラクターを探りさぐり歌っている純粋な感じも好きです。
1973年生まれ、NONA REEVESのボーカリストとして活躍する一方、他アーティストのプロデュースや楽曲提供も多数行っている。文筆家としても活躍し、代表作は「新しい『マイケル・ジャクソン』の教科書」「ウィ・アー・ザ・ワールドの呪い」「プリンス論」「伝わるノートマジック」など。近年では1980年代音楽の伝承者としてテレビやラジオ番組などさまざまなメディアに出演している。
1978年東京生まれの作家、イラストレーター。多摩美術大学在学中の1997年にマンガ「女子高生ゴリコ」で作家デビューを果たす。以降「タビリオン」「ぼんやり小町」「しまおまほのひとりオリーブ調査隊」「まほちゃんの家」「漫画真帆ちゃん」「ガールフレンド」といった著作を発表。イベントやラジオ番組にも多数出演している。父は写真家の島尾伸三、母は写真家の潮田登久子、祖父は小説家の島尾敏雄。
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